※注意※
怪奇ホラーです
苦手な方はお気を付けください






彼女は一言でいうと「卑しい人」だった
それだけは確かだった

噂で、なんにんかいびり殺している、とか
人に、凄惨ないじめをした、とか
なんとなく流れてくるような人で
香水をたくさんつけているのに
その言動やふるまいからからは
べったりとした臭いのようなものが
イメージされた

たとえば、人形を抱くかのように
人にのしかかり
自分の重みをなすりつけて
自分が苦しい時に
人をなぶって落ち着いていく
そんな人だった

常に「おともだち」と称して
なぶれる人を連れて歩いていた
みな、陰で彼女の「おともだち」を
犠牲者さんと呼んでいた

だから、彼女はサークル内で浮いていた
嫌われ者だった
自分ではきっと、アイドルのように自分を思っていたのだろう



柔らかな日差しが続いて
もう本格的に春になるだろうある日、
突然、ずっと来ていなかった彼女が
大学のサークル部屋に来て
家で、今日、パーティーをひらくから
全員参加ね、と言い出した

部屋には2人の知り合いと
知り合いの知り合いだろう
1人の若い子がいた

私は笑いながら
――なぜだろう、彼女のふるまいに
私はいつも、荒んだ笑みが浮かんでしまう――
――人を苦しめ嫌われておきながら
好かれていなければ、人がひどいとののしる
彼女が、滑稽なのだろうか――
――こっけいは、荒む――
断ろうとしたら
その、彼女のあまりの目つきに、言葉を飲んだ
みな、そうだったのだろう
誰も、何も言えなかった
妙ににごってぎょろぎょろした目
「よろしくね」
そういって、誰も何も返せない中
彼女はハイヒールの音を鳴らして
帰って行ってしまった

しかたがないので
そこにいた全員で行くことにした
家は大学から2つばかり先の駅

参加しない意思を表明しに
参加しに行くってなんなのよ、と
友達のAがぶつぶついう

日差しがおだやかで
とても暖かく
「ああ、ほんとうに
いやな人のところに行くぐらいなら
みんなで遊びに行きたいなぁ」なんて
思った



彼女の部屋は
あらゆるものが乱雑にちらばり、
――もののひとつひとつは高そうだった――
ほこりがあちこちにたまっていた
床はすこししめり
どこで「パーティー」をするのかと思えた、が
2人――たぶん、今の彼女の被害者――
もう先にいて
薄暗い顔で、持参のポテトチップスなどを
高そうな机を整えたりして
従順にならべていた

彼女は、というと
なぜか、向こうにある
高そうな戸棚のガラス戸を見つめたまま
動きもしない

なにか、変だと思い
「ねえ」と
無意味に声をかけたら
彼女が、こたえた
「ほら、いる」

みな、異様な気持に陥ったのだろう
彼女を見ないようにしていたものも
また、知り合いと親しげに話していたものも
振り向いた

むこうの、暗がりの中
ピカピカのガラス戸に、
彼女の顔が写っている
――と、思えた
しかし、何か奇妙だ
じっと見つめていれば
その顔の下、
彼女の服装ではなく
にわとりの体が、人間の顔
彼女の顔にひっついている

それの首がにゅう、っと伸びて
口がぎい、と歪み
ぱくぱく、と幾度か動いて
声を出した

「ねえ、クレジットカード知らない?」

彼女の声、そのままだった
誰もが言葉を失う
しんとした空間に、その異様なものがまたいう
「通帳でもいいんだけど……」

その顔が急にうつろになり
ぎいぎいぎい、と
半分にかたむいた
無表情のまま

「しらない」

異なる”おとこ”の声でそれがいった
また、ぎい、ぎい、ぎい、と
かおがうごいて元に戻る
彼女の表情、そのままで
にがり、と笑う

「ふざけんなばーか」

そうして、ふ、と
気が付いたら
戸棚は戸棚で、その硝子戸には
たんなる人間の彼女が映し出されている

わたしは、何がしか
深く冷たい穴にはまりこんだようなきがした
ふりかえり、Aに
ごめん、用事を思い出したから
ついてきてくれない、といったら
顔面蒼白に緊迫していたAが
ありがたいとでもいうように
ああ、お茶も足りないし
みんなで、いこうよ、
あなたたちもいかない?
ね、
ちょっと、あなたは
まっていてね、と
彼女に言いながら
ひとりひとりを手招きして
扉を指した

みんな一斉に、どっと、その部屋から出た
彼女は気づいているのか、いないのか
戸棚を見つめたまま動かない
そのガラスの中の、濁った目が
じっと、どこかを見ている



みなと大学まで行って、近場のにぎやかなカフェで珈琲を飲んだ
いまになって手がかすかに震える
なんだったんだろう、あれは、と思いながら
それを話すことができない

ひとりの子
――話を聞くと、やはり、彼女の今の「おともだち」
つまり、彼女のなぶりたい欲の犠牲者らしい――が
彼女にメールで
「急病人が出たので、もうパーティーにはもどれない」と連絡してくれた

はしゃいでも、騒いでも
なにか恐ろしい気がして
先ほど見たことのひとかけらも口にできず
帰りたいともいえなかったが
このままここに居たいとも思えなかった

誰もがそうだったのだろう
あたたかな珈琲は、しかし
減りが少なく、冷めていった

誰もかれも
痛みを抑えるような顔をして
黙りながら、外を見たり、
時計を見たりしながら、
時間を過ごした

夕方を告げるチャイムがなり
それを機にみなと別れた

Aと途中までの道のりを歩いて
つい、いった
「あのさ、今日、酒買って、うちで酒盛りしない?」
Aは、笑って
「ああ、よかった、うれしい」とこたえた



その夜
Aがいてくれてよかった、と思いながら
他愛ない昔話をさかなに
笑いあいながら眠り込んだ



ふ、と妙な気がして
目が覚めた
時計を見ると2時14分
あー変な時間に起きてしまった、と
思ったとたん
急に、どこからともなく
彼女の声が聞こえた

「あー あー あー」
抑揚のない、悲鳴のようだった
「あー うでがー あー あー」
がりがり、という音
「あーあー うでがー あー ごめんなさーい あー」
不意に、その声が途切れ
Aが、私の頭をおさえつけた

Aの現実的な声が
私の名を呼ぶ
3回ほど
「え、なに? A?」
「ごめんね、私ね
おばあちゃんがそうだったの
だからね、なんかわかるの
引っ張り込まれちゃだめだから」
そういって
「私の名前呼んでくれる?」という
それで、A、A、Aと呼んだら
急にテレビがついた

ザーッという音
ぱち、ぱち、としてから
「ほんじつのにゅーすです
みめい ばれあば」
その後聞き取れない声
つづいて、映像が流れ出す
彼女が、カノジョに食われていた

彼女の顔を付けた鶏が
彼女の手を呑み込むようにして
ごり、がり、と
噛んでいる

白い体に、彼女の血液だろう
黒いものがたくさん飛び散る
悲鳴
抑揚のない、まるで
台本のような悲鳴
「あー あー」
鶏が言う、彼女の声で
「クレジットカード知らない?」
「あーあー」
「銀行いかなきゃ……」
ごくごくがり、ごくり、と
鶏の上についた彼女の顔が
彼女の肉を、のみこんでいる
かのじょのこえ
「あー」

ぶつ、と
テレビが切れる

しんとした暗がり

Aががちがちと震えながら
私にしがみついていた


次の日
彼女は大学に来なかった
あんなことがあったわけだし、と
Aは小さな鏡でクマと
化粧のノリを気にしながらいった
「嫌われ者が来なくなっても誰も気にしないし
彼女、もう
いなくなるかもね」

その言葉通りになった
だれもそれを気にしなかった



Aは1週間もたたないうちに
ほかの人たちもテレビで変なものを見たらしいよ、と
いろいろな情報を教えてくれた

その中には、まゆつばものから
「たしかだろう」と思わせるものまで
無数の「残酷な彼女の噂」があった

いわく、男のクレジットカードで
借金をたくさんこさえて
払えない男をさんざんののしり
自殺させた、だの
いわく、鶏がアレルギーで食べられない人を
「軟弱もの」「か弱いふりしたうそつき」として、
無理にたべさせ、病院送りにした、だの

「でも、もう、彼女について調べたりするの、やめる」
日差しの強い食堂でかつ丼をかっ込みながら言う
「あなたもやめなさいね」
「なにもしてないよ、興味もないし」
「そっか、よかった」
それから、少し沈黙して
「彼女、なにか
腐った鶏の卵で
人、いじめ殺したことが
あるっぽい
やっぱりこれも噂なんだけどさ」
そういって
首を振った
「いやな話」

外を見たら、やけに明るい日差しの中
薄い羽のちょうが
頼りなげに飛んでいた