壊れた誇りと
アイデンティティー
つなぎあわせた
鰻の人形を
マルマは愛しげになでる

みんな気がついているよマルマ

人形はかたる
マルマは嘘つきだって

つきつづけた嘘は
マルマの存在を覆っていった
もうマルマのことばが嘘なのか
マルマ自身が嘘なのか
そんなことさえはっきりしない

かわいそうって
マルマいう
ひとにいう
かわいそうなのかどうかは
わからない
かわいそうって
いうと、すこし
じぶんの気持ちがやすらいだ

明日はバラの日
マルマはかぞえる
つぎは満月……

マルマもうみんな知ってるよ

鰻の人形がつぶやく
真ん丸に縫い合わせた目から
ぼろ、ぼろと
涙がこぼれる

マルマは嘘つきだったけど
ほんとうは嘘つきじゃなかった
だったらいいな、が
多かっただけ

おかあさんに
すかれている
えらいこ……だったらいいな
おかあさんは
しんでない……だったらいいな
おとうさんは
そのうち
むかえにくる
……だったらいいな

マルマ……

鰻の人形は
またぼろぼろ
涙をながしおとした

ふと気がつくと目の前に白い白い男がいた
男はマルマをみながら
困ったように
わらっていた

だれ、

しわがれたこえで
なんとかマルマは絞り出した

現実なんかきらい
他人なんかきらい
でも憎い訳じゃない
歳をとったら
他人も大変なんだってことに
気がついてしまった
他人のほうが
辛そうなときもある

マルマは
自分をどうしていいか
わからなくなっていた

懸命にやってきた
料理と裁縫の教室も
ほうりだして
日がな一日寝てばかりいる
貯金は目減りしていくけれど
なにもする気がおきなかった

だったらいいな、が
すべて、すべて
ほんとうになったら
いいのになぁ

白い男が
マルマの瞳にてをのばす

「ああ、ゼンマイがきれているね」

そういって
今度はなんだか
静かにわらう

「巻いておこう
何十年もぎちぎちに
してきたんだろうね」

ぎりぎり
ぎりぎり
どこかでおとがした

……


目が覚めたら
部屋の景色がはいってきた
きたないな、と
久しぶりに感じた
きたないな

お風呂にはいって
早くかたづけよう
なんとなくマルマは立ち上がり
軽く、パタパタと動き出した

あんなに思い返していた
悪い思い出が
なぜかひとつも思い出さない

ぐにっと
なにかをふんづけた
汚れまくった人形

「あ、ありがとう」

なぜかマルマは呟いた
教室のかんばんにつくりあげた
細やかな鰻の人形
なんで教室やめちゃったんだっけ?

ーー君が君を嫌になったからだよ
ーーくずれたアイデンティティーも
誇りもなんにももどらなかった
ーー他人をあわれんだって
もどらなかった
他人を導いたって
もどらなかった
優しいねつくりあげて
すごいねつくりあげて
もどらなかった
ーーぎちぎちにネジを
巻き続けて
切れるまで自分を追い詰めただけ……

マルマはしばらく
色々なことを思い出そうと考えたが
どうしてもよくわからなかった
とりあえず
汚れをおとそうと
人形を抱えながら
風呂場にむかう

なくしたものは
戻らないだろう
でも裁縫はまたやろう
マルマは思う
ーーひとが誉めてくれなくても
もう、いいかもしれない
その思いは
マルマの意識にはのぼらなかった
だけれど、どこか
心の根っこを安堵させた

お風呂はあたたかく
マルマも鰻も
ゆっくりよごれを
おとしていった