花の星
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2010
> 愛してる
愛してる
リンゴは綺麗です
リンゴの目は
いつも、とおくを見ています
:
呼び出された喫茶店は
ココア色の壁に、ちぎれかけたポスターがはってあって
目をよぼつかせた老婆が頼んだ紅茶を運んでくれた
しわしわの手にのせられた銀のお盆は、たくさんのくぼみやきずがついている
私はリンゴがくるまで
ポスターをみて、昔の女優だろうか、と考えた
私の名前は、ゆいこという
リンゴは幼なじみで本名は林子
私のことを「ユッケ」と呼ぶ唯一の友達だった
:
五分ほどして、約束の時間ギリギリにリンゴがきた
喫茶店のきしんだ扉から
大きな音をたてて入ってきた彼女は
私をすぐに見つけて
息荒く近寄ってきた
(リンゴはがさつだ)
黒いワンピースに
金色のちいさなネックレス
しなやかな髪が
歩く度にさらさらゆれた
:
私の前ににこりともせず座ったリンゴは
「久しぶり、さむいね、ばあちゃん私はコーヒー!」と
挨拶と注文をいっぺんに言った
それで、
ねぇ、私聞きたいんだけど
あんた、なんで
変な男にばかり騙されてんの?
って
率直に聞いてきた
:
「好きになってくれるかも、って
なんで、それで、人を好きになるの……?」
本当にわからないみたいで
リンゴは
黒い大きな目を
くりっと開いて
コーヒーを一口飲んだ
私は、だって
このままひとりなのは
つらいし、さみしいし
好きになってくれるって
嬉しいし
と言ったら
リンゴは私を
じっとみたあとに
「私は、
私から好きになって
人を好きになる」
まだ、私を見て
化粧気のない唇が
コーヒーをちみちみのんでいく
「そう、あなたは、
好きになってくれそう
だから
人が好きになるのね」
私は叱られるかと思った
でもリンゴは
ふっと笑った
「なんであなたが
自分に合わない人ばかり選ぶのか
わかったよ……」
リンゴの茶の目が
喫茶店のポスターにそそがれて
遠くを見るように
ふ、としずむ
「その人の、
自分にとって都合のいいところを
好きになるのは
相手を好きになってる訳じゃないじゃん」
あははって
リンゴが笑った
綺麗に
三日月みたいに
唇をゆがめて
目をあけたまま
笑った
焦って私は口をひらく
ちょっとムッとしたし
失礼だと思う
私は、リンゴみたいに
綺麗じゃないし
好きになってくれるからで
好きになっても
いいじゃん
「あんたが自分を嫌いだから
綺麗に見えないだけだよ」
なんで自覚してないの?
相手を軽蔑して
みんなを軽蔑して
本当は心底
自分を軽蔑してる
「私は、自分が
みずから人を好きになれなくて
好きになれる人を
見つけることができなかったら、
老いるまでひとりで生きて、ひとりで死ぬわ」
それは自分のせいだし
そんな気持ちは
相手にも失礼だ
「はたからみてて
わかんなかったんだけど
あんたは結局
その人が好きなわけではないのね
そんなんだから、
利用されるんだよ」
急に、リンゴは立ち上がって
私をひっぱたいた
とても大きな音がして
口の中の肉がきれて
血の味がした
リンゴの前のコーヒーカップが揺れて
茶色の液体が
白いお皿にぼたぼたおちた
「愛されていない真実を思うより
侮辱されていた方がらくなのね。
だって
あなただって
相手を侮辱してるもんね」
リンゴの目を見れない
なんで
そんなこというの
とか、どうして
ひどい
リンゴだけが
ただしいつもりなの
傲慢だよ
いろんなこと
思う
でも
口にできない
「王子さまなんか居ない、だけど、お姫様も居ない
人の気持ちを
なめきってるよね
人を好きになれたら
それから、恋をしなさい」
見上げたリンゴは、けれど
笑っていた
猫みたいな
虎みたいな
恐ろしい目をしていた
「自分を、甘やかすから
そんなに大事に出来ないのね」
Series :
中編
Tag:
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2010-12-31
10:38:05
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いつも、とおくを見ています
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呼び出された喫茶店は
ココア色の壁に、ちぎれかけたポスターがはってあって
目をよぼつかせた老婆が頼んだ紅茶を運んでくれた
しわしわの手にのせられた銀のお盆は、たくさんのくぼみやきずがついている
私はリンゴがくるまで
ポスターをみて、昔の女優だろうか、と考えた
私の名前は、ゆいこという
リンゴは幼なじみで本名は林子
私のことを「ユッケ」と呼ぶ唯一の友達だった
:
五分ほどして、約束の時間ギリギリにリンゴがきた
喫茶店のきしんだ扉から
大きな音をたてて入ってきた彼女は
私をすぐに見つけて
息荒く近寄ってきた
(リンゴはがさつだ)
黒いワンピースに
金色のちいさなネックレス
しなやかな髪が
歩く度にさらさらゆれた
:
私の前ににこりともせず座ったリンゴは
「久しぶり、さむいね、ばあちゃん私はコーヒー!」と
挨拶と注文をいっぺんに言った
それで、
ねぇ、私聞きたいんだけど
あんた、なんで
変な男にばかり騙されてんの?
って
率直に聞いてきた
:
「好きになってくれるかも、って
なんで、それで、人を好きになるの……?」
本当にわからないみたいで
リンゴは
黒い大きな目を
くりっと開いて
コーヒーを一口飲んだ
私は、だって
このままひとりなのは
つらいし、さみしいし
好きになってくれるって
嬉しいし
と言ったら
リンゴは私を
じっとみたあとに
「私は、
私から好きになって
人を好きになる」
まだ、私を見て
化粧気のない唇が
コーヒーをちみちみのんでいく
「そう、あなたは、
好きになってくれそう
だから
人が好きになるのね」
私は叱られるかと思った
でもリンゴは
ふっと笑った
「なんであなたが
自分に合わない人ばかり選ぶのか
わかったよ……」
リンゴの茶の目が
喫茶店のポスターにそそがれて
遠くを見るように
ふ、としずむ
「その人の、
自分にとって都合のいいところを
好きになるのは
相手を好きになってる訳じゃないじゃん」
あははって
リンゴが笑った
綺麗に
三日月みたいに
唇をゆがめて
目をあけたまま
笑った
焦って私は口をひらく
ちょっとムッとしたし
失礼だと思う
私は、リンゴみたいに
綺麗じゃないし
好きになってくれるからで
好きになっても
いいじゃん
「あんたが自分を嫌いだから
綺麗に見えないだけだよ」
なんで自覚してないの?
相手を軽蔑して
みんなを軽蔑して
本当は心底
自分を軽蔑してる
「私は、自分が
みずから人を好きになれなくて
好きになれる人を
見つけることができなかったら、
老いるまでひとりで生きて、ひとりで死ぬわ」
それは自分のせいだし
そんな気持ちは
相手にも失礼だ
「はたからみてて
わかんなかったんだけど
あんたは結局
その人が好きなわけではないのね
そんなんだから、
利用されるんだよ」
急に、リンゴは立ち上がって
私をひっぱたいた
とても大きな音がして
口の中の肉がきれて
血の味がした
リンゴの前のコーヒーカップが揺れて
茶色の液体が
白いお皿にぼたぼたおちた
「愛されていない真実を思うより
侮辱されていた方がらくなのね。
だって
あなただって
相手を侮辱してるもんね」
リンゴの目を見れない
なんで
そんなこというの
とか、どうして
ひどい
リンゴだけが
ただしいつもりなの
傲慢だよ
いろんなこと
思う
でも
口にできない
「王子さまなんか居ない、だけど、お姫様も居ない
人の気持ちを
なめきってるよね
人を好きになれたら
それから、恋をしなさい」
見上げたリンゴは、けれど
笑っていた
猫みたいな
虎みたいな
恐ろしい目をしていた
「自分を、甘やかすから
そんなに大事に出来ないのね」