花の星
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2011
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号泣
真っ黒い湖
薄い水仙が
ひかり、ひかり
水音だけが響いている
睡蓮がゆっくり顔を上げて
そのつぼみが
うす銀にかがやいて
月明かりを吸い込んでいる
―― 自我が、そうだという
―― 自己が、ちがうという
私はいったい何なんですか
聞いたら、彼は笑っていた
名前がない
名前にくくられないから
なんでもない
なんでもないから
なにものにもなれる
なにもないから
なにものにもなれない
すべてがみえるし
すべてがみえない
すべてがわかるし
すべてが、わからない
―― おとな
大人って なんですか
私の目には 大人がうつらない
ただ、世間様の ただ常識の
箱にあてはまって
自我の醜悪も自己の劣悪も
怒らず、はぐくまず
その年になり
己の未熟に甘え、
人の未熟をののしるような
人間ばかりに見える
―― しかし
自己は それは違うという
私の目に 大人が映らないのは
私が 大人ではないからだという
彼らの姿の善良を見抜いて
私に告げてくる
誰もが 努力している
誰もが 必死だ
ただ、私のように
隙にぶれるだけだと
―― おまえも、人を ののしってきただろうと
黒い湖のうえ
朝がきたようで
はしから、うっすらと
青、紫、紺
金色のひかりがさしはじめる
美しいと思い
恐ろしいと思う
夜と朝の境目だ
うす桃に色づいた雲が
ぎゅうぎゅうと
とても速いスピードで
すぎさっている
その雲から
きゅうに雨がばたばたたれて
水仙も 睡蓮も 湖も
ばたばた ばたばた
あわただしく水滴にうたれる
急に胸が苦しくなって
苦しくて苦しくて
子供のように泣きごえがもれて
空高く 泣き叫んだ
なみだはでない
―― 人の醜さがわかれば
お前の醜さもわかるだろう
人には直せといいながら
なぜ、お前は治せない
―― 人につげたすべてのことが
お前はできていない
―― 人を苦しめるのは
おまえの嫉妬 お前の嘲笑
お前の偏見 お前の罵倒
お前の醜さだ
私は 声を上げてわめいている
―― いつ人のことがわかる人間になる
いつ、なれるんだ
いつだって自分の感情でしか
なにも、わかっていない
―― 年齢だけ上をこして
現実をすごしただけで
大人になった気がしたの
―― 悪いことと
良いことが
わかるような人間に
あなたは、なれたの
―― いつ人のことがわかるようになる
いつ、なれる
いつだって、自分の感情
自分のことでしか
なにも、わかっていない
―― ああ ああ ああ
―― 醜さを人になじり
嫉妬から人の足を引きずり
人をおとしめ
人をくるしめ 喜び
人を 自分の範囲でしか見えない
お前は大人ではないよ
―― この世の怠惰は
ひとりひとりの
自身の怠惰に
つながっている
―― いつ人のことがわかるようになる
遠くで、けものの
甲高く、いななく声が聞こえる
空は、太陽の光で満ちていく
まるで金色に
うっとりと染め上げられていく
―― ……
風が吹いている
木々が揺れている
まちわびていたように
睡蓮のはなが
ゆっくりと
ひらいていく
―― 同じ立場にならなきゃ
自分のことのように
相手を思えたりしない
―― 立場がかわれば
人と己を 同じと見えない
―― 立場もわからず
人もわからず
お前の前には
いつも、お前しかいない
―― ただ 人は
己を邪魔するものか
己をほめて 甘やかすものかの
どちらかになる
―― それがわかるのは
この身が狭く
人を私の範囲でしか
わからないからだ
―― 人の姿を見て
心の汚れに嘆くほど
私は堕落している
風が吹いていた
朝日がゆっくりさして
湖畔の黒が
光に吸い込まれるように
きらきら瞬いていた
この胸に
許せる思いが
ほしいと願った
Series :
中編
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2011-09-19
11:34:44
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薄い水仙が
ひかり、ひかり
水音だけが響いている
睡蓮がゆっくり顔を上げて
そのつぼみが
うす銀にかがやいて
月明かりを吸い込んでいる
―― 自我が、そうだという
―― 自己が、ちがうという
私はいったい何なんですか
聞いたら、彼は笑っていた
名前がない
名前にくくられないから
なんでもない
なんでもないから
なにものにもなれる
なにもないから
なにものにもなれない
すべてがみえるし
すべてがみえない
すべてがわかるし
すべてが、わからない
―― おとな
大人って なんですか
私の目には 大人がうつらない
ただ、世間様の ただ常識の
箱にあてはまって
自我の醜悪も自己の劣悪も
怒らず、はぐくまず
その年になり
己の未熟に甘え、
人の未熟をののしるような
人間ばかりに見える
―― しかし
自己は それは違うという
私の目に 大人が映らないのは
私が 大人ではないからだという
彼らの姿の善良を見抜いて
私に告げてくる
誰もが 努力している
誰もが 必死だ
ただ、私のように
隙にぶれるだけだと
―― おまえも、人を ののしってきただろうと
黒い湖のうえ
朝がきたようで
はしから、うっすらと
青、紫、紺
金色のひかりがさしはじめる
美しいと思い
恐ろしいと思う
夜と朝の境目だ
うす桃に色づいた雲が
ぎゅうぎゅうと
とても速いスピードで
すぎさっている
その雲から
きゅうに雨がばたばたたれて
水仙も 睡蓮も 湖も
ばたばた ばたばた
あわただしく水滴にうたれる
急に胸が苦しくなって
苦しくて苦しくて
子供のように泣きごえがもれて
空高く 泣き叫んだ
なみだはでない
―― 人の醜さがわかれば
お前の醜さもわかるだろう
人には直せといいながら
なぜ、お前は治せない
―― 人につげたすべてのことが
お前はできていない
―― 人を苦しめるのは
おまえの嫉妬 お前の嘲笑
お前の偏見 お前の罵倒
お前の醜さだ
私は 声を上げてわめいている
―― いつ人のことがわかる人間になる
いつ、なれるんだ
いつだって自分の感情でしか
なにも、わかっていない
―― 年齢だけ上をこして
現実をすごしただけで
大人になった気がしたの
―― 悪いことと
良いことが
わかるような人間に
あなたは、なれたの
―― いつ人のことがわかるようになる
いつ、なれる
いつだって、自分の感情
自分のことでしか
なにも、わかっていない
―― ああ ああ ああ
―― 醜さを人になじり
嫉妬から人の足を引きずり
人をおとしめ
人をくるしめ 喜び
人を 自分の範囲でしか見えない
お前は大人ではないよ
―― この世の怠惰は
ひとりひとりの
自身の怠惰に
つながっている
―― いつ人のことがわかるようになる
遠くで、けものの
甲高く、いななく声が聞こえる
空は、太陽の光で満ちていく
まるで金色に
うっとりと染め上げられていく
―― ……
風が吹いている
木々が揺れている
まちわびていたように
睡蓮のはなが
ゆっくりと
ひらいていく
―― 同じ立場にならなきゃ
自分のことのように
相手を思えたりしない
―― 立場がかわれば
人と己を 同じと見えない
―― 立場もわからず
人もわからず
お前の前には
いつも、お前しかいない
―― ただ 人は
己を邪魔するものか
己をほめて 甘やかすものかの
どちらかになる
―― それがわかるのは
この身が狭く
人を私の範囲でしか
わからないからだ
―― 人の姿を見て
心の汚れに嘆くほど
私は堕落している
風が吹いていた
朝日がゆっくりさして
湖畔の黒が
光に吸い込まれるように
きらきら瞬いていた
この胸に
許せる思いが
ほしいと願った