金柑

まっぐろい
鍋のそこのような空でした
今にも雨がふりそうな
重みのある雲が
ゆったりゆったり
もぐもぐと、ゆれております

窓からそれをみあげた南は
今日は寒くなりそう、嫌な天気だ、と
うんざりしましたが
それでも、赤トンボ柄のはんてんをきて
布団から起き上がりました

廊下はずいぶん冷えていて
足から凍えるようでした
やけに、しんとしています
寒さに身を縮めながら歩き
突き当たりの階段をおりようとすると
どうしてか、階段がなくなっていて
暗い床の先に
真っ白な雪景色が広がっています

ええ、
おかしいな
あたしまだ、寝ているのかな
そうおもって
そっと、雪に足をのせると
確かに冷たく沈み
ざくり、と
夢とは思えない音がします

あまりに驚いて
寒さも忘れて
雪にあしあとをつけていると
目の前に柔らかい光がさして
見れば橙色の実をたくさんつけた
腰の低い木がありました

一見、その実は
ミカンか金柑のようでしたが
葉や枝の青ぶかさや
実のやわこい金色は
なにか違うように思えます

―― 美味しそうだし
おかあさんと、おとうさんに
もっていって
おこたでたべよう

そう思って
ひとつ、実をもいだら
小さい白い人が幹の後ろからでてきて
あら、あなた、
私の大切な実をもいだね
と、南の足もとで叫ばれました

南はたくさん驚いて、
ほんとうに、飛び上がるほど驚いて

―― わたしは、こんなひと
見たことないけれど
まさか、世の中はひろい
いるところには
いるんだわ

そう思いながら
ごめんなさい、
自然の実かと思ったんです
そういったら、
小さい白い人はしばらく考えて
どうして、もっていくの?
南を見上げて聞かれます

あまりに美味しそうだから
かあさんと、とうさんと
三人で、おこたで食べたかったから

こたえたら
白い人は体を折り曲げてくつくつわらい
ひきかえならいいよ
3つもあげるのだから
なにか、みっつ
好いものをおくれ
と言われます

南はすこしこまり、悩み
はんてんの中に手をいれたら
ちょうどよく、
いつかたべようとした飴がみっつ
手に触れました

それで、これは飴ですが
飴ではいけませんか、
見せながら聞いたら
うん、いいよ
そう言って
小さな白い人は
するすると木にのぼり
金色の実をあと2つもいで
するするとおりてきて
はい、みっつ、と
まるで高くて美しい宝石を渡すように
丁寧に、慎重に
南の手のひらにのせてくれました

南は嬉しくなって
ありがとう、と
ひきかえの飴を3つ、
白い人の差し出した
小さな両のてのひらに
丁寧に慎重にのせました

【みなみ、】
母さんの声がして
あ、母さんとふりかえれば
何事もない、静かな冷たい階段のしたで
南はたちすくんでいます
その目の前で、
お母さんが驚いたように
南を見ています

お前、寒いじゃないか
早く居間にいらっしゃい
どこからミカンなんて持ってきて

いわれて見たら
確かに、みっつのミカンが
手のひらにあって
オレンジ色のその実がみずみずしく
実においしそうです
あれ、と思い

母さん、私、今
いま、あれ

そういいながら、ふりかえると
階段は階段
廊下は廊下のままに
さむざむと暗く冷え込んでいて
雪景色など、どこにもありません

―― 不思議なこともある
でも、こんなこと
母さんにいったって
きっと、笑われる

だから、南は
もらったの
みんなで、こたつで、食べたいの
それだけを言いました

―― あのあめ、気に入ってくれたかな

小さな白い人には
すこし大きい飴
なめるものだなんて
いわなかったから
硬くてこまっていないかな

そう、こころのすみでおもいながら


お母さんが、いいから顔を洗っていらっしゃい、といいます
はい、と返事をして窓を見たら
うっすら曇ったガラス越しに
空の真っ黒い雲に隙間ができはじめ、
晴れた青と太陽の光が差し込んでいるのがみえました
2012-01-17 17:24:17