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2012
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まぼろし
さぼてんが
土の中から生えてきた
亀が二匹
その傍を
ゆっくりあるいて
通り過ぎる
雨でもふったのか
地面は湿ってぬくもり
むうっとした空気が立ち上っている
長靴がやわらかい土の中に
ずぶずぶとしずむのがわかる
ぽん、ぽんと
しずかに背中を叩かれて
彼の声で
どうしたの、と聞かれる
ふりむかないで
さぼてんが
土の中から生えてきた
そういったら
はえてくるの、みたの?
そう聞かれる
うん、見た
ほら
まぐっろく赤茶けた土の上に
ふたつはえたサボテン
黄色と、緑の
みずみずしい房葉に
水滴がついている
ぱしゃっと音がして
見れば、三匹目の亀が
薄緑色の甲羅を揺らして
しずかにしずかに近づいてくる
湿った土のうえ
ちいさな、足跡が
ぼつ、ぼつと
ついていく
わたしのそばにきた時
彼は長靴のうえに
ちいさなてをおいて
顔をあげてささやいた
そいつ
うらぎってるぜ
首でくいっと
うしろをさす
だから
わらって応えた
わかってるよ
おためごかしか?
亀は笑い
またゆっくり
去っていく
あはは、なんだろうね
笑いながら貴方を見上げると
あれ、顔が見えない
顔のあるところに
真っ黒い渦のようなものがあって
それがぐうぐうまわっている
―― 死にたいと思いながら生きても
生きたいと思いながら生きても
つらさは同じだ
深い、暗い声
さっきとはまったく違った声をして
あなたがいう
―― おまえが望んだって
明日は終わらない
望まなくても
日は昇る
ぱしゃっとまた水音がして
ふりかえれば
四匹目の亀が
あかく赤く、夕陽に染まった池の中から
のっそり這い上がり
のっそり、のっそり
歩いてくる
土の上に
たくさんの小さな足跡
目の前で立ち止まって
亀がため息をつく
ながい、ながいため息
その背中をみおろしながら
つい、聞いてしまう
―― どうしたの
亀は私を見上げ
犬のように、
その緑色の尻尾をふった
―― ひとりよがりだから すさんでね
牙をむいて笑う
四本足のゴジラみたい
―― ひとをのろうぐらいなら 自滅したいね
キシャアァと
小さな牙をみせてくれたから
あいさつしたら
ぺこりと挨拶してくれた
また、ゆっくりゆっくり
歩いていく
咲いたばかりのサボテンを避けながら
―― あしばをなくすなよ
振り返りもせずいう
―― あいされてんぞ
―― 愛しているからな
立ち上がったら
彼はいない
土をふんでいた足
重みがうつって
ズブリとしずみ、ゆれて
ふらつく
ああ、幻想だったんだ
そう、気がつく
すがりつきたいあまり
つくりあげてしまった
どこかに いてほしい
幻想だったんだ
必要としているなんて嘘だよ
必要とされたいんだよ
願いながら
間違えていく
愛されてんぞ
ちゃんと もっと
おまえを 大事にしろよ
むこうのほうで
亀が叫ぶ
急にせりあがって
悲鳴が口をついてでた
ひめいのような叫び声
Series :
短編
Tag:
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2012-02-08
21:35:26
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土の中から生えてきた
亀が二匹
その傍を
ゆっくりあるいて
通り過ぎる
雨でもふったのか
地面は湿ってぬくもり
むうっとした空気が立ち上っている
長靴がやわらかい土の中に
ずぶずぶとしずむのがわかる
ぽん、ぽんと
しずかに背中を叩かれて
彼の声で
どうしたの、と聞かれる
ふりむかないで
さぼてんが
土の中から生えてきた
そういったら
はえてくるの、みたの?
そう聞かれる
うん、見た
ほら
まぐっろく赤茶けた土の上に
ふたつはえたサボテン
黄色と、緑の
みずみずしい房葉に
水滴がついている
ぱしゃっと音がして
見れば、三匹目の亀が
薄緑色の甲羅を揺らして
しずかにしずかに近づいてくる
湿った土のうえ
ちいさな、足跡が
ぼつ、ぼつと
ついていく
わたしのそばにきた時
彼は長靴のうえに
ちいさなてをおいて
顔をあげてささやいた
そいつ
うらぎってるぜ
首でくいっと
うしろをさす
だから
わらって応えた
わかってるよ
おためごかしか?
亀は笑い
またゆっくり
去っていく
あはは、なんだろうね
笑いながら貴方を見上げると
あれ、顔が見えない
顔のあるところに
真っ黒い渦のようなものがあって
それがぐうぐうまわっている
―― 死にたいと思いながら生きても
生きたいと思いながら生きても
つらさは同じだ
深い、暗い声
さっきとはまったく違った声をして
あなたがいう
―― おまえが望んだって
明日は終わらない
望まなくても
日は昇る
ぱしゃっとまた水音がして
ふりかえれば
四匹目の亀が
あかく赤く、夕陽に染まった池の中から
のっそり這い上がり
のっそり、のっそり
歩いてくる
土の上に
たくさんの小さな足跡
目の前で立ち止まって
亀がため息をつく
ながい、ながいため息
その背中をみおろしながら
つい、聞いてしまう
―― どうしたの
亀は私を見上げ
犬のように、
その緑色の尻尾をふった
―― ひとりよがりだから すさんでね
牙をむいて笑う
四本足のゴジラみたい
―― ひとをのろうぐらいなら 自滅したいね
キシャアァと
小さな牙をみせてくれたから
あいさつしたら
ぺこりと挨拶してくれた
また、ゆっくりゆっくり
歩いていく
咲いたばかりのサボテンを避けながら
―― あしばをなくすなよ
振り返りもせずいう
―― あいされてんぞ
―― 愛しているからな
立ち上がったら
彼はいない
土をふんでいた足
重みがうつって
ズブリとしずみ、ゆれて
ふらつく
ああ、幻想だったんだ
そう、気がつく
すがりつきたいあまり
つくりあげてしまった
どこかに いてほしい
幻想だったんだ
必要としているなんて嘘だよ
必要とされたいんだよ
願いながら
間違えていく
愛されてんぞ
ちゃんと もっと
おまえを 大事にしろよ
むこうのほうで
亀が叫ぶ
急にせりあがって
悲鳴が口をついてでた
ひめいのような叫び声