蜥蜴

ばつばつと
長く黒い水が
渦をかいてながれている
魚なんだろう
しいろい背鰭が
ちかちかひかり
ひっきりなしに
ういたりしずんだり

よい、夜ですね
ママサマがそういう
ママサマはちかくのバーのぬしで
女がいないから、と
女の格好をしている
長い髪はウィッグだ

こんな日は
思い出しますよ
私のね、スタディと
わかれた日をね

スタディ、を
すこし囁くようにいって
それからわたしの耳をみる
あなたの耳は
みみざわりがよさそうね
笑うから、
食べないでくださいね、と、
こちらも笑って願う

ママサマは
緑色のショールを
きゅっとにぎりなおし
それからまた話し出す

いまになって
ようやく、わかったんですけど
あのひとね
あの日、花を買いに
歩んでいたのよ
私の誕生日だったから

私はケーキとちょっと良いお酒を買ってね
かえってきたら
あの人、バーの階段で座り込んで
なんだか一段、みすぼらしいの
私の足音にふりかえってね
顔もなにも、どろどろで
それで叫ぶの、いうのよ

みちっぱたで
ひどく美しい蜥蜴に会って
ほれちまったって……

いまでも
おぼえている
こっけいだった
真剣に叫ぶ彼に
笑うこともできず
なのに、こっけいだった
笑えないのね

嘘でしょう、って
聞きたかった

彼の乾いた唇がかさかさなって
目だけがなみだぐんで
血の気のない手のひらに、白い蜥蜴をのせていた

彼は泣きだして
どうしよう、と
ぼくは
蜥蜴に恋を、
(のどをつまらせた)
恋を、した

ばたばたばたばた
泪がおちるのよ
両の目からね
ばたばたばたばた
なんにもうつっていないの
すっかり、からのね
泪だけがながれて
嗚咽もない

人間なら、まだしも
かなわないわね
時間も、生き方も
違いすぎる
とかげなんてね

ママサマは
ショールをななめにして、
さむい、さむいわね、と
つぶやく

黒い川の水はだうだうとながれ
渦を巻いて
綺麗な魚たちは
うろこをひからせて
ひっきりなしにおよぎ
ながれている

蜥蜴にキスする彼を
いちどだけ
みたことがあるわ
バーにはいったら
くらくてね
なのになにかいるから
なんだと思ったら
彼と蜥蜴なのよ

両手で蜥蜴をもちあげていた
やっぱり、こっけいだった

……

ママサマは
さむいわね、といいながら
わたしの手をにぎる
さむいわね、と
またいう
くらい夜空を見上げたまま
2012-03-14 13:00:00