花の星
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2012
> 月明かりのみずうみ
月明かりのみずうみ
愛し子の頬をなでるような
やさしいあたたかな風がふいている
5月はかおるというけれど
たしかに、かすかな
草木と、あめのにおい
もうすぐふるようと
かえるのなきごえがする
もうすぐふるよう……
そらをあおげば
雨粒がたくさん
ふるえ、つまっているような雨雲
おちるときを
まっている
もうすぐふるよう……
もうすぐふるよう
赤いサンダル
――ぬれてもいいようにはいた、
ふるくて
ざらざらして
すべりどめがついたサンダルに
体重をのせながら
右さんはおもう
左さんのうちまで
ながくて十分
雨がふったら、もうすこし
片手にぶらさげた
アイスのビニール袋をみつめる
――とけてしまうかな……
ドライアイス、いれてもらえばよかった
でも、あれ、あんまり好きじゃない
つめたくないし、煙りはでるし
ひりひりする
氷のくせに……
――とけてもいいかな……
中身をみて確認する
カップアイスばかりだし
きっと大丈夫
それから、
もうすでに
湿り気をおびているコンクリートを
ひとあしひとあし
ふみはじめる
あ、ああ
道路に
白いクレヨン……チョークかな
白いわっこが
たくさんかいてある
これ、けんけん、ぱー、だ
なつかしいな
まだ、する子いるのね……
右さんは
こっそりあたりをみわたして
誰もいないのをたしかめて
けん、けん、ぱー
ぱー、と
とびはじめる
おかしいな
こどものころは
もうすこし、簡単だったのに……
けん、けん、ぱー、けん、ぱー……
体が重い、重いというより
にぶい……
どこからか、
歌がきこえる
ピアノとひとのこえ
まるいわっこは
どこまでも続いている
ずいぶん、かいたのね
けんけん、ぱー、
けん、ぱーぱー
……
ながくかかった
旅をしてきた
ようやく
たどりついた
月明かりのみずうみ
こんや
月のなか
ひとたちの
いきものの
いのちの
たくさんの
なみだ
月明かりのみずうみ
月明かりのみずうみ
夜のふかいよるに
ただ、ひとよる
あらわれる
月明かりのみずうみ……
いのちのなみだ
愛のいのり
みちたりた
月明かりのみずうみ……
――月は明るいのかな……
ふ、と
左さんの声をおもいだす
地球からみると
とても、あかるいけれど
月は明るいのかな……
それから、左さんが話してくれた
――むかし、おばあちゃんに聞いたんだ
そう、楽しそうに話してくれた
物語をおもいだす
あの月には
ひみつがあるんだよ
うらっかわの
くらいくらい
しずかな影のなか
地球からは
みえない
影のなか
なんねんかに
いちどきり
月の地下から
水がわきでて
みずうみになります
月の地下は
この地球の
想いあるものたちの
心の底に
こっそり、つながっていて
そこから、たまった水がしみでて
しずかに、どんどん……
月をはんぶんまで浸したみずうみは
太陽ではなく
宇宙の、星あかりで
ひかひかと
ひかります
ぎんいろのみずうみ
ぎんいろの……
どんっと
誰かにぶつかって
あわ、すいませんと
いいながら
顔をあげたら
くたびれたような電信柱だった
みあげたら、
うえのうえのほうに
ぎんいろの月
ひかひかと輝いていた
Series :
中編
Tag:
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2012-05-04
19:49:03
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2012
> 月明かりのみずうみ
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やさしいあたたかな風がふいている
5月はかおるというけれど
たしかに、かすかな
草木と、あめのにおい
もうすぐふるようと
かえるのなきごえがする
もうすぐふるよう……
そらをあおげば
雨粒がたくさん
ふるえ、つまっているような雨雲
おちるときを
まっている
もうすぐふるよう……
もうすぐふるよう
赤いサンダル
――ぬれてもいいようにはいた、
ふるくて
ざらざらして
すべりどめがついたサンダルに
体重をのせながら
右さんはおもう
左さんのうちまで
ながくて十分
雨がふったら、もうすこし
片手にぶらさげた
アイスのビニール袋をみつめる
――とけてしまうかな……
ドライアイス、いれてもらえばよかった
でも、あれ、あんまり好きじゃない
つめたくないし、煙りはでるし
ひりひりする
氷のくせに……
――とけてもいいかな……
中身をみて確認する
カップアイスばかりだし
きっと大丈夫
それから、
もうすでに
湿り気をおびているコンクリートを
ひとあしひとあし
ふみはじめる
あ、ああ
道路に
白いクレヨン……チョークかな
白いわっこが
たくさんかいてある
これ、けんけん、ぱー、だ
なつかしいな
まだ、する子いるのね……
右さんは
こっそりあたりをみわたして
誰もいないのをたしかめて
けん、けん、ぱー
ぱー、と
とびはじめる
おかしいな
こどものころは
もうすこし、簡単だったのに……
けん、けん、ぱー、けん、ぱー……
体が重い、重いというより
にぶい……
どこからか、
歌がきこえる
ピアノとひとのこえ
まるいわっこは
どこまでも続いている
ずいぶん、かいたのね
けんけん、ぱー、
けん、ぱーぱー
……
ながくかかった
旅をしてきた
ようやく
たどりついた
月明かりのみずうみ
こんや
月のなか
ひとたちの
いきものの
いのちの
たくさんの
なみだ
月明かりのみずうみ
月明かりのみずうみ
夜のふかいよるに
ただ、ひとよる
あらわれる
月明かりのみずうみ……
いのちのなみだ
愛のいのり
みちたりた
月明かりのみずうみ……
――月は明るいのかな……
ふ、と
左さんの声をおもいだす
地球からみると
とても、あかるいけれど
月は明るいのかな……
それから、左さんが話してくれた
――むかし、おばあちゃんに聞いたんだ
そう、楽しそうに話してくれた
物語をおもいだす
あの月には
ひみつがあるんだよ
うらっかわの
くらいくらい
しずかな影のなか
地球からは
みえない
影のなか
なんねんかに
いちどきり
月の地下から
水がわきでて
みずうみになります
月の地下は
この地球の
想いあるものたちの
心の底に
こっそり、つながっていて
そこから、たまった水がしみでて
しずかに、どんどん……
月をはんぶんまで浸したみずうみは
太陽ではなく
宇宙の、星あかりで
ひかひかと
ひかります
ぎんいろのみずうみ
ぎんいろの……
どんっと
誰かにぶつかって
あわ、すいませんと
いいながら
顔をあげたら
くたびれたような電信柱だった
みあげたら、
うえのうえのほうに
ぎんいろの月
ひかひかと輝いていた