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2012
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シロフト
わずかに碧がかった
青いやわらかな
さきたての草が
おだやかな朝の風にないでいる
やさしい音が
さわさわと流れ
シロフトは
ふっ、と目をさます
なにか妙なゆめをみていた……
その桃色の鼻先を
まだ羽しろく
やわそうな蝶が
ひら、ひらひらと
あたたかな日差しのなか
ねぼけたように
とんでいく
シロフトは
日にあたたまったご自慢の白い毛を
ちたちたなめて
からだをぶるぶると
ひとつふる
草のうえにねがえりをうちながら
すこし、妙なゆめをみていた……
もう、思い出せないけれど……
うなうなとうなる
どこからか、
きんこんかん、きんこん
きんこんかん、と
鐘のおとがする
口をもぐもぐとうごかして
シロフトは
半目で世界をみつめてみる
まるで毛のなかにうもれた
宝もののような金色のひとみ
そのシロフトのまえに
ふたりのこびとが
あわてたようにかけてくる
ひとりはでっぷりした
ねずみほどのおばさんで
もうひとりは
こねずみほどの
ちいさなぼうやだ
ご主人ににているな
そう、シロフトは
うつらうつらとおもう
しかし、ひとというのは
奇妙なものな
こんなにちいさなものもいるのか
それとも小さくなれるのか
ご主人がこんなにちいさくなったら
悪い猫にやられてしまう
そうしたら、わたしが
まもってやろう
ご主人はわたしの獲るごはんは
嫌いらしいが
――バッタもとかげもゲジゲジも、悲鳴をあげていやがる
――にんげんは、好き嫌いが多すぎる……
ちいさくなったら
文句もいえまい
もういちど、
さきほどみた奇妙な夢をはんすうするように
シロフトは目を閉じる
その鼻のまえあたりに
ちいさなひとたちが
さぼそぼと
小声ではなす
――すずらんのはなは
どこにあるのだい
でっぷりしたおばさんの声
――ほら、あすこだよ
あすこの崖にあるだろう
――ああ!ほんとうだ、
ぼうや、よくみつけたね
カサカサ、かさかさ、
シロフトの背を
きゅうになにかがよじのぼる
シロフトはすこし気を悪くしたが
ご主人もちいさくなったら
こんな風かもしれないとおもい、
がまんする
――大きないまだって
いまだに、シロフトに
ぶれいなのだ、あのひとは……
――猫だよ、あぶなくないかい――なに、ねているよ――はやくおし、おきたらことだよ
シロフトの背の上と
はなあたりで
声がやりとりする
ふふふ、と
シロフトはおもう
ふふふ、なにか
妙なあんばいだね……
やわこいものが
シロフトをよじのぼる
シロフトの自慢の毛を
きゅっきゅっとつかんで
ひっぱっては
のぼっていく
こそばゆい
おもわずくしゃみがでそうになるが
ぐっとこらえる
――とれたよ、かあさん――おお、はやくおし、おっかない――なんだってすずらんは、あんな崖に咲くのかね、いじがわるいよ、――そっとおりておいで――大丈夫だよ、かあさん
すうっ、と
シロフトのせなかを
すべりだいのように
なにかがすべった
そのざわっとした毛の流れに
おもわずシロフトは身震いして
くしゃんくしゃんと、
くしゃみをした
き、だか
が、だか
かたまったような叫び声がして
めをあけると
ふたり寄り添うように
ぴったんことくっついて
その真ん中にすずらんの花をはさんで
シロフトを
ふたりして見上げている
じっとみていたら、
ちいさな方がはなす
ごめんよ、失礼しました
ぼくらをおそわないでくれよ
シロフトはにゃにゃにゃと笑う
そんなことはせんよ
いまは、腹もふくれている
へりもしないのに
襲う気はないさ
にゃにゃにゃ
こびとがこたえる
ありがとう、
じゃきみの腹がすくまえに
ぼくらはにげてしまうね
背中をかしてくれて
たすかったよ
事後承諾ってやつだけどさ
にゃにゃにゃ
シロフトは
てきとうにないて
また、ねぼけまなこに
まぶたをとじて
ふーっとふかいためいきをつく
ありがとう、……
こびとは
まだなにかを言っていた
けれども
なにせお日様はあたたかく
風はここちよく
おだやかな草原の音は
たえまなくやさしい
こんな誘惑にかてるはずもない
シロフトは
ゆっくりゆっくり
ここちよい眠りにおちる
ここちよい眠り
ゆめのなかで
ご主人がちいさくなり
シロフトの鼻をなでながら
ささやく
ちいさなてのひら
こそばゆい
すずらんはさ
満月のよるに
さかさにしておくと
月明かりがたまってね
ぼくらのよい提灯になるのさ
月明かりを
きみ、味わったことがあるかい
ぼくはね、
このあいだ
なめてみたんだ
ゆうかんだろう?
むぼうだって?
でもね
はっかみたいな
じょうしつなバターのような
あたたかで、きらきらしたあじがした
それから
ご主人はすこしばかり黙り
みちたりたように
ためいきをつく
シロフト、きみにあえて
よかった
わたしもだよ
ご主人
シロフトはしずかにおもう
わたしもだ、ご主人……
Series :
中編
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2012-05-07
13:45:20
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青いやわらかな
さきたての草が
おだやかな朝の風にないでいる
やさしい音が
さわさわと流れ
シロフトは
ふっ、と目をさます
なにか妙なゆめをみていた……
その桃色の鼻先を
まだ羽しろく
やわそうな蝶が
ひら、ひらひらと
あたたかな日差しのなか
ねぼけたように
とんでいく
シロフトは
日にあたたまったご自慢の白い毛を
ちたちたなめて
からだをぶるぶると
ひとつふる
草のうえにねがえりをうちながら
すこし、妙なゆめをみていた……
もう、思い出せないけれど……
うなうなとうなる
どこからか、
きんこんかん、きんこん
きんこんかん、と
鐘のおとがする
口をもぐもぐとうごかして
シロフトは
半目で世界をみつめてみる
まるで毛のなかにうもれた
宝もののような金色のひとみ
そのシロフトのまえに
ふたりのこびとが
あわてたようにかけてくる
ひとりはでっぷりした
ねずみほどのおばさんで
もうひとりは
こねずみほどの
ちいさなぼうやだ
ご主人ににているな
そう、シロフトは
うつらうつらとおもう
しかし、ひとというのは
奇妙なものな
こんなにちいさなものもいるのか
それとも小さくなれるのか
ご主人がこんなにちいさくなったら
悪い猫にやられてしまう
そうしたら、わたしが
まもってやろう
ご主人はわたしの獲るごはんは
嫌いらしいが
――バッタもとかげもゲジゲジも、悲鳴をあげていやがる
――にんげんは、好き嫌いが多すぎる……
ちいさくなったら
文句もいえまい
もういちど、
さきほどみた奇妙な夢をはんすうするように
シロフトは目を閉じる
その鼻のまえあたりに
ちいさなひとたちが
さぼそぼと
小声ではなす
――すずらんのはなは
どこにあるのだい
でっぷりしたおばさんの声
――ほら、あすこだよ
あすこの崖にあるだろう
――ああ!ほんとうだ、
ぼうや、よくみつけたね
カサカサ、かさかさ、
シロフトの背を
きゅうになにかがよじのぼる
シロフトはすこし気を悪くしたが
ご主人もちいさくなったら
こんな風かもしれないとおもい、
がまんする
――大きないまだって
いまだに、シロフトに
ぶれいなのだ、あのひとは……
――猫だよ、あぶなくないかい――なに、ねているよ――はやくおし、おきたらことだよ
シロフトの背の上と
はなあたりで
声がやりとりする
ふふふ、と
シロフトはおもう
ふふふ、なにか
妙なあんばいだね……
やわこいものが
シロフトをよじのぼる
シロフトの自慢の毛を
きゅっきゅっとつかんで
ひっぱっては
のぼっていく
こそばゆい
おもわずくしゃみがでそうになるが
ぐっとこらえる
――とれたよ、かあさん――おお、はやくおし、おっかない――なんだってすずらんは、あんな崖に咲くのかね、いじがわるいよ、――そっとおりておいで――大丈夫だよ、かあさん
すうっ、と
シロフトのせなかを
すべりだいのように
なにかがすべった
そのざわっとした毛の流れに
おもわずシロフトは身震いして
くしゃんくしゃんと、
くしゃみをした
き、だか
が、だか
かたまったような叫び声がして
めをあけると
ふたり寄り添うように
ぴったんことくっついて
その真ん中にすずらんの花をはさんで
シロフトを
ふたりして見上げている
じっとみていたら、
ちいさな方がはなす
ごめんよ、失礼しました
ぼくらをおそわないでくれよ
シロフトはにゃにゃにゃと笑う
そんなことはせんよ
いまは、腹もふくれている
へりもしないのに
襲う気はないさ
にゃにゃにゃ
こびとがこたえる
ありがとう、
じゃきみの腹がすくまえに
ぼくらはにげてしまうね
背中をかしてくれて
たすかったよ
事後承諾ってやつだけどさ
にゃにゃにゃ
シロフトは
てきとうにないて
また、ねぼけまなこに
まぶたをとじて
ふーっとふかいためいきをつく
ありがとう、……
こびとは
まだなにかを言っていた
けれども
なにせお日様はあたたかく
風はここちよく
おだやかな草原の音は
たえまなくやさしい
こんな誘惑にかてるはずもない
シロフトは
ゆっくりゆっくり
ここちよい眠りにおちる
ここちよい眠り
ゆめのなかで
ご主人がちいさくなり
シロフトの鼻をなでながら
ささやく
ちいさなてのひら
こそばゆい
すずらんはさ
満月のよるに
さかさにしておくと
月明かりがたまってね
ぼくらのよい提灯になるのさ
月明かりを
きみ、味わったことがあるかい
ぼくはね、
このあいだ
なめてみたんだ
ゆうかんだろう?
むぼうだって?
でもね
はっかみたいな
じょうしつなバターのような
あたたかで、きらきらしたあじがした
それから
ご主人はすこしばかり黙り
みちたりたように
ためいきをつく
シロフト、きみにあえて
よかった
わたしもだよ
ご主人
シロフトはしずかにおもう
わたしもだ、ご主人……