モラリストたちのロンド

詐欺師は笑っています
ものごしおだやかです
人を気持ち良くすることが
どれほど、優位なことかを
よくわかっています

それは
ドウゲと似ています
だからドウゲは
詐欺師を
みわけます

ひとの顔色を
うかがい
おもかんばり
おびえる心から

人の顔色を
つくる心に
重きをおき
かわる

その一点で
ドウゲと詐欺師は
にています



にじせいちょうきに
びしびしと
骨と肉の
いたみをかんじた
あの時の、
風に触れるだけで痛い
繊細な痛みが
たまにおとずれる




桃色の花を束ねて
アテの家にいくあいだ
ユキは
ああでもない、こうでもないと
真剣な声音で
どうでもいいことを
話つづけている

女に刺されるなんてさ
やきがまわったよ
あいつも

ため息をついて
むかしのあいつなら、
刺される前にさっちして
とおに、それから
逃げていただろうね……

アテはたぶん
ひどい男だと思う
たぶん、というのは
会っている時
話している時
アテはとても
ひどい人間には見えない
むしろ、ふつうよりも
心地よく、ともにいたいと思える人に
思えるからだ

つねに人に気をつかい
リラックスできていない人を
自分の所為だとせめ
たちまわる
人があんどできたら
安心する
そんな気弱な男

お金を借りる時も
まるでいけたかだかな
ひらきなおった顔
――よくある、
 想像の上の詐欺師のふてぶてしさ――ではなく
泣きそうな、
遠い街でおきざりにされた迷子のような
今の自分ではなく、
自分そのものを
とことん恥じている

そんな顔をする

必死になって、
ごめん、ごめんを連発し
こちらがお金を出すのを
躊躇するぐらい、
うちのめされて
落ちている

それで、僕は10万、
ほかの人間も
10万より多いか少ないかぐらいのお金を
彼にわたした



部屋のドアはあいていて
入ると、彼は窓際で外を見ながら
ぼお、っと
歌っていた

――ひとりぼっちのかもめのじょなさん
むなげをのこして
とんでいった
なかまはいない
そらのはて
むなげをのこして
とんでった――

それからすぐに僕らに気がついて
あ、という
あ、ごめん
見舞いに来てくれたの
ごめんね、こんな恰好で

そう、青白い寝間着を
はじるように
掛け布団を抱え込む

やさしげな顔に
華奢なはにかみを浮かべ
気がついたように
ふすまの前にある
くたびれた赤いざぶとんを
手をのばしてとって、
蒲団の前に、二つならべる

おまえ、うで
おちたなぁ、

わらいながらユキが言う
ジョークのように

うで? あはは……

彼が笑う
その、片眉が
すこし、びりっとこわばったのをみて
そうなんだ、と思う
そうなんだ
いつも、お前は
痛いんだろう……

こんどの恋人は
――そういえば
誰も彼の相手を
ひっかけた女、だとか
かも、だとか、だました相手、だとか
いわない――
すこし、エキセントリックで
興奮しやすいたちだったらしい

別れ話を伝えたら
道端でまちぶせされて、さされて
それで、でもね
血を見たら
抱きしめて泣いて
あやまってくれた、
救急車も呼んでくれたんだ
あちらの親ごさんも
あやまってくれて
いま、彼女は実家にいるよ
……ぼくは、友達ならって
いったんだけど
ぼくにはもう、
近づかないって……

しずみこんだ池の水のような声で
かれは淡々と話す
唇に、ほのかに
自嘲するような笑みを浮かべている

あ、おれ、
かえるわ

携帯をちらっとみて、
突然、ユキがたちあがる

もうバイトの時間だった
すまんな、ほどほどにしろよ
アテ

それから少し乱暴に歩いて
ばたん、と
粗雑にドアを閉めて
でていった

怒っているんだ

――ユキ、おこったね

アテがさみしそうに笑う
あれは、さ、と
こたえたら

いいよ、わかるから

アテがさえぎる

彼の気持ちわかるよ……

 おまえはわるものには
 ならなかったんだな
 こんかいも

彼が悪いといいきれない
ぐるぐる流れる
黒と白の水のような気持
灰色のなかに
黒と白がたしかにいりまじり
どうしても
なにか、
でも確かに
ちがう、と
どこかで声がする

なぁ、アテ
おまえ――

おかね、どのぐらいのひとに
かえしたんだ、と
言おうとして
彼の顔を見上げたら
そこで声が出なくなる

何を言われるのか
わかったのか
アテは心底痛そうな顔をしている
つらい、を
とおりこして
実際に、痛みを感じている顔

それから
しぼりだし
耐えきれないことを
つぶやくように
ごめんね、と
いう

……

だまっていたら
窓から差し込む光が
暖かなあかいろをおびてきた
もう、日が暮れる

アテがおずおずという
もうかえったほうがいいかも
ここらへん、
暗くなるし……

僕は少し、頭の中を整理してから
この、あいまいな
濁った気持ちを
すこしずつ
舌にのせる

アテはさ、
悪さって
なんだと思う

……ぼくは悪人かな

アテは
よわいだけだよ……

アテがひゅっと
息をのむ

それを無視して続ける

……落ちること、はぐれること
よわってしまうことを
怠惰、だとか
人格、だとか、あまえ、だとか
人の努力の所為だと思い
そういう考え方を
する人は多くてさ

でもさ、あれ
思ったんだけど
落ちこぼれたのは努力の所為で
怠惰なんだと思い込みたい
願望なんだと思う……

 怠惰であってほしい
 自分とは違っていてほしい

 努力さえしていれば
 だいじょうぶで あってほしい

でもさ
誰でも大丈夫なんかじゃ
ないんだよな

おれはアテの目を
にらまないように
見つめる

すきとおった目
なにより、すきとおった目

……悪人ってさ
たしかに
いるんだよ
なんだろうな
あいつら、なにか
違うんだよ
楽しいんだよな、
悪が楽しい
純粋な悪欲みたいなものが
人間にはあるのかもな……

弱さと悪さは
すこしちがってさ
ふつう、ふつうっつのも
なんだかわからないけれど
えっとな
えっと、
だからさ
ふつうでも
理由があれば
弱くはなれてさ

ああっと
ええと

アテはさみしげにほほに笑みを浮かべている
聞いていないわけでも
聞き入っているわけでもなく
ただ、話をうけいれている

僕はその顔を見て
いたたまれなくなって目をそらし
頭の後ろをかく

……おまえは
ひとが
しんようできないんだな

アテはいう

ごめんね

今度のは痛みのない
たんなる、平坦な
あきらめの声だった

ごめんね

 きみの いいたいこと わかるよ

部屋を出ると
もうずいぶん暗い
ぼんよりした月が
上の方にかかっている
肩のうしろあたりが
妙にすうすういって
泣きたいのでも
笑いたいのでもない
どうしようもない気持ちが
腹にうずまいていた

それでいて、
アテのやりかた
――ふつうという枠の中で
運の良く生きられる人たちに
うまく、いびつさを
悪さと、感じさせないやり方――に
しみじみ
敬服している自分を
感じていた



痛みが
骨に刻まれる

傷つきなさいと
声がする

じぶんの
よわさを
おぼえなさい

ひとに じぶんに みにくさに
のこるものを
わかるため
2012-05-12 09:38:05