くじら

しろげのたくさんはえた
茎のあおい草が
夕日が沈むにつれ
深くなった風にあてられ
ぞおぞおとないでいた

あたりいったいに
雨のにおいがふくまれ
ひんやりと肌寒い

つかいは
片手でもった
わなのなわを
また2、3度
ぱしんぱしんとして
それから上を見上げた

かけはじめた楕円の月が
まだ夜はじまりの暗がりに
まるで溶けかけた氷のように
きらめきながら
すん、と
つかいをみおろしている

狐のような白い獣が
つかいのあしもとを
わあ、わあ
しゃあ、しゃあ
わめきながらさすり
走っていった

つかいは
透明なわなのなわを
また、ぱしんぱいんとする

先からなにをしております

急に話しかけられて振り返れば
黒い布を頭からかぶり
赤い着物を着た
おとこのようなものが
裸足でたっている

なにをしております

つかいは答えずに
また手にしていたなわを
ぱしん、ぱしんと
ひいてみる
いっこうに、かからない

なにをしてます

また、その男が言う
それでしょうがなく
鯨を釣っております
と、ツカイは答えた

くじら

しろい、おおきな鯨です
主さまが
お食べになりたいとか
それで、つっております

まじまじと
男は黒いぬのごしに
ツカイの手の先の
なわの、そのまた先を眺める

川の水は黒く濁り
わずかな光が
ちか、ちかと瞬いてる
星のような川底の光の上
たしかに魚の陰がいきかう

くらげ、さかな
かに、えび
くじら・・・

なわの先には
ちいさな金色の針がついていて
赤と青の宝石が
その両脇について
ちかりんちかりんと
瞬いている

あれは、と
男が言う

くじらをかけるには
歌がいいのです
それで
赤と青の宝石の歌を
つけておいたのです

ツカイがこたえる

しばらく男も使いも
くじらがかかるのを待っていたが
気配がこれといってない

ふ、と
気がついたら男の姿はなく
つかいは
わびしげにあたりを見渡す
なにもない
ただ白い毛を
さきにつけた茎の青い草が
たくさんたくさん
どおどおとなりながら
風にふかれている

どおどお
どおどお

つかいはまた川の底に目を落とし
ぱしん、ぱしんと
なわを引っ張ってみる
くじらはいまだにかからない
2012-05-24 10:00:00