石鹸の手

やわらかな
すなまじりの雨がふっております
砂は金色で
しずみかけた陽にあたり、
ちかり
ちかりと
ふりおちています

あまい桃のような音色で
かえるが
けえ、けえこ
けえ、けえこと鳴いております
道はもうだいぶ暗く
夜灯のひとつひとつが
ちかちかと、
1、2かい、ふかい点滅をくりかえし
光をともしはじめました

金色の砂まじりの雨は
延々と、
しとしとしとしと
ふりそそいで
くろい道をまるで池のように
水にひたしております

とおて、とおて、と
着物を着たひとがとことこあるいてきて
ああ、いやだな、
着物がよごれておもぅなる
そうつぶやきながら
また、とおて、とおて、と
歩いていきます

その後ろをまるでこそこそと
すこしばかり頬に
けっしんと、微笑みを浮かべ
そっと近づく人の影

とおて、とおて、と
ひとがうたい
そこにそお、っと
その人は近づいて
しばらく躊躇したあと
――脅かそうと思ったのですが
 おどろきすぎたら、どうしよい、
 そう思いなおして――
かあさん、と
小さな声でささやきました

きゃあ、と
そのひとがいい
ほほえんでいた影が
ごめん、おれだよおれ
あははは、と
わらいました

もう、いやだいね
おまえは、
ほんとうに

おかさん、きょう
ごはんなにさ
おれ、コロッケうまそうだから
買ってきておいたけどさ

そういって
その人はその人の手を握ります
着物に隠れた掌は
ごわごわしています
その人は、その人の掌が
つかいつづけた洗剤や、石鹸の所為だとしっています
そうして、
すこしばかり、
その手に、誇らしい気持ち
勲章のように、母の勲章のように
ほこる思いを
おぼえています

いつかその人は
いつか、ちいさな指輪とともに
勲章です、と
おくりたいと望んでいます
誰にも言ったことのない思い

そうして二つ手にしていたビニール傘を
遅いから迎えに来たんだよ、と
さしてあげます
その人とその人は
なんだか、すこしばかり
どうでもいい、大切な日のように
よりそいながら
家路にむかいます

けえこ、けえこと
蛙が鳴きます
けえこ、けえこ
砂混じりの雨は
とうとうと降りやまない
夜がふかまるたびに
深い雨になりそうです
2012-06-07 17:52:08