菩提樹の下

神様、この世はたまに暗く
ともすれば危険ばかりに見える

だから
微笑みをください

ひとを喜ばす
考えとあかりをください

ひとのよろこびを
ともしびに
歩いていくから

……

もしもみずからが
ほんとうに、ほんとうに
素晴らしくなれる、なら
なにを代わりにさしだしますか

わたしには
誰しも、欲望をたどれば
ひとところについて
素晴らしいと思われたい、
そんなようなものが
ごろんとあるだけに
思うのです

欲にあおられたとき
自分でいられるでしょうか

……

まじないを聞き齧った
とあるものが
みずからのあたまのなかに
汚霊をよびこみ、つどわした
天才になる夢を見て

しかし
汚霊どもは
あまりに危険で
そのものは
汚霊どもに
恐怖をおぼえた
聞き齧ったまじないで
みずからのたましいのまわりに
つたない結界をはった
そのあと、汚どもを
みずからのにくたいから
追い出そうとした

しかし、汚どもは
そのものの肉体から
ぬけでることができなかった

とあるものが、
聞き齧ったまじないで
永劫不死になれると信じ
奇妙なのろいを
みずからの体にかけていたからだ

抜け出られなくなった汚どもは
蠱毒のような状態におちいっていった

たましいが結界奥に逃げこんだ
とあるものの肉体は
汚どもが動かせるようになり
キミョウな木偶と化し
汚どものおもちゃとなっていった

汚どもは汚どもであるから
とあるものが
苦しむのが楽しかったようで
肉体をいじめ
とあるものの現実をいじめ
とあるもののまわりを
いじめぬいた

虐待よりも、
試行錯誤のある
思考のやどった
精神的に、深刻なダメージ
――結界をはり
ふるえているとあるものが
どんなに怒っても
どんなになげいても
彼らになにもできないのを
しりながら、彼のこころを
破壊しつくしていくようないじめを
汚どもはくりかえしくりかえしおこない
とあるものが悲鳴をあげ
苦痛をおぼえ
感情がぼろぼろになるのを
楽しんだらしい

そうして、やがて、
とあるものは狂いだした
生肉をもとめる精神をもちだし
餓えと欲をまきちらながら
悲鳴ばかりをあげるようになった

やがて、蠱毒はすすみ
汚どもから
もっともいやしく
もっとも汚れた
五匹がのこった

……

そこまで話したあとに
そういちは深くため息をついて
めをふせた
長いまつげが相変わらず
綺麗なかげをつくる
たくさんのひとが、
彼に恋をし、彼に騙された

私の反応がないのが気になったのか
そういちは、急に声をあかるくして
それが、これです、と
一枚のシャシンを
大事そうにみせてくれた

ところどころにシミがついて
はしがちぎれかけたシャシンには
カビたチーズを体につけた
少女のようなものが
うっすらと微笑んでいる

私はそれを
そういちの資料でしっていた
彼が唯一愛したのかもしれない
マネキンの美少女

監視していたかたが、そろそろ、と
私に告げる
私はうなづいて席を立ち上がる

――なにも会話をしてはならない

それが、そういちに会う条件

「もうかえるんですか、お気をつけて」

宗一がほほえんで手をふる
暗がりの中の宗一は
声の明るさとはうらはらに
無表情で、目が真黒い
――暗いんじゃなくて、黒い
汚れ、腐敗しすぎたみずのように――
整形を繰り返したという
そういちの顔は
美しいが、
ふとすれば、
目のところに穴が開いて見える
たんに肉をつけて動いている
マネキンのようにみえる

すこし、ぞっとした

……

死刑を待つばかりのそういちの
最初の犯罪は
母ころし

死体をくさらせ
くさったところから
食べていた、らしい

それから
そういちは、なぜだか急に
女性と言わず男性といわず
モテはじめる

何人殺されたかわからない
とにかく、捕まったとき
そういちの部屋にあったのは
綺麗に磨かれた調理器具と
シャシンにあったマネキンだった

……

彼の精神は
ひとに呪いのような影響を与える
らしい
それで、私や他のひとも呼ばれたらしい

外に出て、外の空気を吸えば
やはり、そうなんだろうな、としか
思えなかった

そういちは美しく思えた
シャシンでみれば
痩せ細った駱駝のような顔の
キミョウな男にすぎないのに
みょうに色気のある
美しいものにみえた

あれが、のろいならば
のろいだろう

「どうですか?」

まちながら、
祈ってくれていたらしい
私を呼びつけたテキヤが
緊張した顔で私を見上げた

「あ、ぜーんぜん」

私は笑う
「みんないるんでしょう、話し合いしよう、
温かいホットチョコのもう、
あれじゃこの監獄のそばにいるだけできついよ」

……

その後そういちは
急に病死した、
ことになった

――時間はなかった、あきらかに
そういちに近ければ近いほど
結界だの、なんだのしても
呪いはしみこみ
いつかそういちは
誰かの手によって
逃がされてしまうだろう
――そうして、わたしたちは
みな、気づいていた
そういちが、それほど
――呪いほど――
強くないことに――

……

「どうして、あんな雰囲気、出せるようになっちゃったんでしょーねー」

すべてが終わって
五キロほど痩せたテキヤがいう
――私は逆に五キロほど太った

「……そういちが死んでから、
そういちの持ち物から、
悪魔本が見つかったらしいよ」
「えー!」
「とらさんとか、楓さんとか、
みなさんが焼いたらしい」
「ひえー」

そういちの煙を見上げながらテキヤはさけんだ
ふと、テキヤはむいてないかもな、と思う
やつれてしまうなら、
このさき、やっていけないかもしれない
――私たちはみなタフで落ち込みにくく
生きることがとても好きだ――

見上げれば青空、
焼き場からそういちの煙があがる
煙のなかに、
凍りついたような顔で
たすけて、たすけてと
泣きわめきながら
闇のような場所に食われこまれる
そういちがみえた

――そういちと、なにかわからない
ただ、悲鳴をあげてあるような
そういちにしがみつくような
五匹の影が――

「くわばら、くわばら」
私はつぶやきながら、
首をふった
きもちをふりはらい
テキヤにふりかえる
カツ丼でも食べにいこうよ、おごるよ、と
笑いかける

……

この世はたまに暗くて
暗すぎて、道を失い
ともすれば危険ばかりに見える

だから微笑みを
みつけにいこう

ひとの嬉みが
ともしびに
道はみつかるから
2013-11-27 21:26:24