海の底のネメシス

海底のネメシス

それの記憶がはじまるのは
海の上を滑るらしい
船底からだった
まわりにはたくさんの人がいて
うめき、血を吐いて
のたうちまわっていた

それが朧気なものをたどれば
たしか白い石の柱のある
中央におかれ
毎日果実をあたえられ
祈られたり
願いを叶えたり
していたはずなのだが
はて、この目の前を知る限り
この朧気なそんな気がするものは
夢か何かだったのだろうか

のたうち回る一人が
それを見て真っ赤な目で
ばくばくとつぶやいた

ノロイ

それは首を傾げる
ノロイ、私は、呪いをかけたことはないが
(なにせいま目が覚めたのだし)
不意に地面が大きく揺れた
どうも、この船は
沈みつつあるようだ

それはなにか視ることができたので
自分が今いるところの、外からの景色……
おおきな船が火を吹いて
海に、海に
のまれていくのを、
脳裡にとらえた……

石の体のなかで
それは、すこし身をかため
海にしずむこころがまえをした

……

がつん、という衝撃で
ネメシスはまた目を覚ました
(そのとたん、
思い出したが、自分はネメシスと
呼ばれていた
復讐をかなえる蛇、ネメシスと…)

おそるおそる様子をうかがうと
驚いたことに
そこは鉄ばりされた小さな部屋の中だった
目の前になにか
青や緑、赤や黄色のランプを
たくさんにともしながら
奇妙な音を立て動いている機械がある

マザーコンピュータだ……

ネメシスはなんとなくそう思った
マザーだのコンピュータだの
はじめて知る名前だったが

(きっと、何かを知る
同胞の知が
流れ込んできたんだろう)

ネメシスはそうとらえ
納得した

……

気がついた時から
ネメシスは様々なことができた

石の体が動くことはなかったが

目の前にあるものの縁から
チューブでつながるようにした
だれかや、風景を
視ることもできたし
みてとれたところから
えい、と
破壊をあたえてみたり
そんなこともできた

……

マザーコンピュータと
よばれた目の前のものには
たくさんの苦しみがふちゃくしていて
ともすれば機械の音が
悲鳴のように聞こえた

一日数回
それは見えない衝撃波のようなものを
はなった

鉄の部屋はその度に揺れ
うわん、うわん、とわめいた

よくみると
そのコンピュータには
赤や青の管がついていて
丁寧にたどると
コンピュータの後ろの棚に、
たくさんの
丸い水槽に浮いた脳みそが
置かれてあって
その根本につながれていた

ピューん、ピューんと
流れ落ちるコンピュータの音は
不快だった

ネメシスはうんざりしたが
そんなことには
なぜか、慣れている気がした

(不快な思いには
なれている……)

ふと、ネメシスは
鉄の部屋をかこむように
まわりに、海があり
ここが海底であることを感じた

鉄壁はどれほど厚いのだろうか

海があれば
その大きな塩と水の
生命の気配から
ネメシスのようなものは
すぐに気がつく
だのに、いま
かすかな波のうねりを
感じるまで
この部屋のまわりが
海底であること
ずっと気が付かなかった

……

どのくらいたったのだろう

たまに顔をガラスでおおわれた
灰色の服を着たものが
何人かここに来て
そのたびに
棚の脳みそが増えていった

ネメシスは誰にも気づかれなかった

鉄の部屋の端っこに挟まりこみながら
ただ、ずっと
その様子を見ていた

……

どうもその脳みそは
殺戮をおかし
なおかつ、ひとや国を
支配した、権力のあるものたち、の
脳みそらしいことに
気がついたのは
ずいぶん時がたって
新たに脳みそが
運び込まれた時だった

ネメシスは
もうそうした景色をみるのにもあきて
ふと、その脳みその縁をたどり
みてみた

この部屋では
だれもネメシスに
そうしたことを頼まなかった
だから、ネメシスは
なんにもしなかった
だれにも、頼まなかったから

頼まれなくても
自分できめて、見た、
そうした、
そのことに
ネメシスは
新鮮さを感じた

その脳みそは
なにか演説していたらしい
壇上にあがり
スポットライト

多くのものに
名前を呼ばれている

そんなシーンを
懐かしみ味わうように
いや、むしろ
すがりつくように
繰り返し繰り返し
思い返している

そうして、ああ、
あのパイプがすいたい、
すいたい、と
絶望している

……

マザーコンピュータに
脳みそがつながれるたび
マザーコンピュータは
ぶるぶるんとふるえ
奇妙な衝撃波をながし
鉄の部屋をうならせる

ネメシスは
自分で決めることが
妙に気に入って
今度はそのマザーコンピュータを
みてみた

……

奇妙な光景、いや
縁だった
そのコンピュータの衝撃波は
さまざまな人間の
――どうも支配したり
演説したりしている人間の
脳みその、下につながっていた

なぜ、人間の脳みそに繋がっているのか
ネメシスは不思議におもい
目を凝らしてみた

つながっている人間の
脳みその、下に
なにか
やわらかいプラッチックのような
肉色の破片がうまりこんで
衝撃波をうけとって、震え
脳みそに、電流を流し込んでいる

……その人間たちは
いっぽうで、神を見た、
神が云った、と
さわいだり
いっぽうで、
この世の真理を知っている
真実をつたえる、と
さわいでいたり
いっぽうで、ただ
ちゃくちゃくと
支配にくいこんでいったり
している……

脳みその下に、
肉片を埋め込むときの手術を
かれらは儀式と呼んでいて

そうして
それにありつければ
むせび泣いて
よろこぶ……

わたしがえらばれるなんて

わたしがえらばれるなんて

わたしがえらばれるなんて

……

目を凝らしてたどるうち
ネメシスは、ふと
外の同胞につながった

(これもはじめてのことで
驚きがわき
歓喜をおぼえた)

外の同胞は
いままでのネメシスと同じように
復讐の破壊を願われていた

そうして、困っていた

どうもこの目の前の
マザーコンピュータが
対象の根源らしいのだ

同胞はつたえてきた

復讐を果たそうとすると
とおすぎてならない
これも何かの縁だ
手伝ってもらえないか

外の同胞は
ほかの同胞とも
つながっているらしい

自分たちの、おもいが
つたわってくる

たくさんのものが
復讐をねがわれたが
叶えるには難しがっていた
この、海底の
鉄の部屋の中にある
マザーコンピュータが
原因だからだ

ネメシスは同胞につたえた

願いを叶えるちからを
私に一心にあつめ
投射してみよう……

あなたがそこにいてよかった、と
ネメシスはつたえられる

そうか。もしかしたら
こうしたことを
するために此処まで
来たのかもしれない

……

ネメシスをとおして
復讐の投射は
しずかにはじまり
音もなかった

しかし
確実に
マザーコンピュータは
ばりびりと
すこしずつ、
見えない内部から
こわれはじめた

どうも、そのマザーコンピュータは
コンピュータウィルスに感染した、と
伝令しているらしい……
コンピュータワクチンを、と
宣っているらしい

ネメシスの投射は
コンピュータの体とも言える
機械自体を破壊しているのだが

そうか、と、ネメシスは気がつく
このコンピュータは、
己の、機械の体も含め、世界を
認識してないのかもしれない

認識できるものはつねに
たたきだされた数値や文章
流れ込んだ言葉……

コンピュータにも
わかりやすく、文章化された
「情報」なのかもしれない

こんなものと
つながっている人間の感覚は
どんなに歪んでいくんだろう

世界を、どんなふうに
把握するように
なるのだろう……

……

マザーコンピュータが
とうとう、煙をあげはじめる

外部から何回も、なんかいも
コンピュータワクチンらしき
「情報」が流れ込んでいた

とうとう、ふたりの
灰色の服を着たものがきて
マザーコンピュータの煙をみて
膝をついて
動かなくなった

ネメシスはなんだかうんざりして
そいつらをみる気にもなれなかった

……

破壊がすすむ中
ネメシスは同胞に願った
ネメシスは知っていた
自分でもあったから

復讐は、親愛なるもの
かなしみからの
助力だった

だから、ネメシスは
親愛なるものへの
かなしみにより
動けるのだ

だから、復讐とはかぎらず
こうした願いも
叶えられるのだ

……これが終わったら
わたしのからだを破壊して
解放してくれないか

同胞のネメシスたちは
喜んで引き受けてくれた

……

数日後、ネメシスは
もう飽き飽きした
コンピュータの前にいた

しかし
そのコンピュータは小さくて
せいぜいノートぐらいしかなく
金髪のきれいなまきげのある
可愛い女の子がつかっている

その子の買った
異国の神像
そこに
ネメシスはやどっていた


この子を見守りながら
ほほえみを
いくつ浮かべただろうか

親愛なるもの


空は広く
綺麗な太陽が上にあり
金色の日差しが
降り注いでいる

その光を浴びたとき
ネメシスは
ひさしぶりに
安堵のため息をもらした

2017-11-07 09:01:08