月の下

海辺の砂浜
砂にさえ
銀の月の光

祖母は、私とともに居て
私は、青い魚を三匹ほどもって
祖母の隣にすわりました

祖母は、もう高齢で
ぽつ、ぽつ、と話しました
魚ぁ、とれるとは
いいことですね

そうでしょうか、魚ぁ
とれるだけです
これ、食べることもかなわないです
だから、私
役立たずです

話したいわけではないのに
なぜかぽつぽつ
話流れた

私は、役立たずです
私はそれでも
役に立ちたいなぁ、と 思っておりました
人と言うのは どうしても
役に立てることで
持ちなおすものがあるようで
どうしても どうしても
役に立てないことがつらいんですね

それで、銀月の下の砂辺に
彼女は小枝で砂に
ひとつひとつ文字を書いていて
その彼女の白髪が
月の光で
きれいな銀色にひかっていた

役に立ちたいなぁと
思うんです
それで、でも、もう
人に気ぃつかわれてばかりで

砂浜に小さくならんだ
アルファベットは
彼女が、英語ならすこしは
私も達者なんです
と、いったとおり
丁寧な文字だった
A、B、C、D

お荷物ですもの
今のままですとねぇ、

そしたらあの人
あの、私の
好きな人
あの人がね

なあ、あんた、すこしは休んでくださいよ
あなたが休めないと
私も休めないんですよ
なんて 笑うんですよ

くすくす、急に
祖母が、少女のように笑うんで
私は気恥ずかしくなって
そばにいたやどかりをつかんで
へたくそに、海にほうったんだ

ぱしゃん
月波にとどかず
ちかくに銀色の輪ができた

だからねえ、だってねえ
私は、私は
あんたたちの、お荷物だから、っていったら
笑うんですよ

あんたさん、私はお荷物なんて思ってないです
そこにすわって
福でも招いてくださいよって
私は、招き猫ですか
ねえ、招けないよ

ふっふっふ

それで、私はね
情けないんですけれどね
たいてい、どうしてこの人たちは
ああ、私を大事にしているんだなぁ、って
思って、それで、よけいに
がんばらなきゃならない
わたしは、しっかりしなきゃ
なんて、思ったら

あんひとがまるで
あ、またがんばらなきゃならん、なんて
思ったでしょう
なんて言うんです

泣いているのか知らない
泣いていても笑っていても
わからない
私はほほに冷たい風を思う
彼女は、うすく
首筋の小さなほくろを真横にして
もういっかい、溜息のようにわらった

それで、 手ぇでも
あわせなさいって
いわれて

 そういうときは
 ありがとうって
 手、あわせておりなせぇって

手ぇですか

 役立たずで
 焦るんですもの

 だから
 ありがとう
 ありがとう
 ありがとう

 すこしは
 らくになりますよ

月が、海の中にぼんやり流れて
奇麗な銀の、波紋がながれる

福でも招いておりましょう
招けないですよ
それでいいんじゃないですか

愛しておりましょう
なかなかそれさえ
難しい
知っておりましょう

人が、人を大切にすることさえ
いまは、普通にできないんですねぇ
異常みたいにされちゃって

は、は、は

愛しておりましょう
それさえ、難しいです

大切に、見守っておりましょう
あんさん
まだまだ、役立たず
必死にさけんでも
りきんでも
役に立てる時は来ない

あせったって時は
ずっと 同じ速度ですから

それで
あんさんやっていたら
必ずくるよ

だから笑って
笑いなさいって
泣きたくなるわ

ふふ、ふ



月の下で ふたりでわらった
祖母は砂浜に
とうとう28文字の
あるふぁべとを完成させた
私はその後ろに
かいておいた

human
2011-04-29 22:44:24