軽蔑してきた大人たち

昔はよかった
今はなんたることか
なんていうから
私は、一所懸命歴史をあさって
人類は、いつごろが、
いっとう
幸せだったんだろうと、みてみた

一所懸命あさった歴史の本は
たくさんたくさん積み上がった
だけど、むかしむかしから
今とおんなじぐらい
幸せな人と、不幸せな人がいると思った
それだけしか、わからなかった

「人としての幸せ」を抽出して、比べたら
きっと今と、そんなには変わりない
そんな風に思った



「それで、
 近年は、きっと
 軽蔑と見栄の時代だよ」
って、いったら
マーはきゃたきゃた笑って
「見下しと嫉妬の時代じゃないの」っていった
だから、私も
きゃたきゃた笑った
涙が出てきた

私には、ここ近年の
大人とよばれる年の大人たちは
じっさいはまるっきり大人ではなくて
互いに牽制し合いながら
見下しあってきたようにしか
思えなかった

子供も、人生さえもなげだして
見栄を、張ってきただけのように思う

空虚な、高いばかりのプライドが
大人面して、こんころこんと
時代を転がってきたように思う



小さな子どもだったころ
私は人生の長さがわからなかった
ちゅうくらいの子供のころもわからなかった
とても、なにひとつ、さっぱり

ただ眼の前の自分だけで、必死だった

すこしだけ予測がついていたのは
ずっと、ずっと
そういうもんなんだろう、いうことで
そういうもんだは、少し難しくて
たぶん、私たちは
ずっと、幸せではないんだろう



人間の、しあわせが
なんであるかは
私はいまだに知らない

不幸になったとき、私も、マーも
「神も、仏もいない」といったり
笑ったりする
ほんとうに、救いのない、そう思ってきた

他の人も、よく
なげいていた
この世が、地獄だとか
幸せな人なんか、いるのとか
みんないっていた

不幸な時、いつもいつも
わたしたちは
神様がいないことや
神様が残酷なことを
嘆いて、

だけど、ふと、思ったんだ
きっと、富や名誉をもらっても
神様に感謝する人はいない



家に帰るとマーがいた
マーは髪をみつあみにして
赤いリボンを中央につけて
一見、奇人にみえた
きいたら、
狂人に見せるためなの、と
にあうかな、といった

もう、サイアク
お父さんが
外国で、女の人を買っていたの
その女の人が妊娠しちゃったの
ふまじめも、まじめも
どっちつかずが、一番だめだよ

女の人を放っておけなかったみたい
お父さん、金おろして
外国いっちゃった

お母さんに三枚手紙書いてあった
私には何もなかった

母さん、今、笑ってる
何考えているかわからないけど
笑っている

笑って、家の蒲団ばかり外に干している
あの男、ころしたいっていいながら
布団干している
だから私、気が狂ったふりでもしないと
やっていけないわ、と、思って
狂人っぽくしてきたの



マーと一緒に布団に入ったら
マーは私の胸にもたれかかった
それで、天井をにらみつけた

ああ、いやな気分、
ゲロが出そう、といった



暗闇のなか
ひとつだけぽうっと光るテレビから
小さな音で、人の声が流れ出す
マーが好き勝手チャンネルを変えつづける
ぷっ ぷっ

外を歩いている人たちに
週末インタビューとかで
マスコミがマイクを向けていた
よろしいですか、いまからどちらへ

みんな、目が
さまよっている、と思った
なんとなく、目が



無自覚な 苛立ち
おれは よく やっているのに
いっこうに しあわせに なれない

なんで なのか わからない
無自覚な いらだち

 かあさん とうさん
 いいだいがくにいったら
 ほんとうに しあわせになりますか

 あなたたちが つかみそこねた しあわせを
 ぼくらは もつことが できるんでしょうか




テレビがとうとつに消えた
マーがリモコンをぶんなげた
壁に当たって、リモコンはゴン、といった

マーは、ただ、無言で
天井をみあげている
マーの手のひらが
こわばっているのが、わかる

私はその横で、ねたふりをしている
寝たふりをしながら
寝言のふりをぽつ、ぽつ、つぶやいた

わたし、神様にこのあいだ
感謝した
とても、ありがたいと思った
幸せだって思った

あの、観葉植物
あなたがくれたの
覚えている、マー
あの日の、最悪の私

死にたかった 日曜日
明日から 月曜日

 かあさん とうさん

 いつになったら
 やくそくされた しあわせが
 きますか

私は
ただ、ただ
泣くこともできず
何かをすることも
できなかった、

あの日

茫然と、夜が過ぎていく中で
ただ、時計を黙ってみていた

あなたはひょい、と来てくれて
観葉植物おいてった

 なんで、と
 聞いたら
 このみどりがきれいだったから

 もう一回、なんで、と
 聞いたら
 あなたなら
 育ててくれるかと思ったから

私は、笑った

あなたは
困った顔をして
なんとなく
君の誕生日だって
気がついたから
買ってきたの

その植物に
この間、赤い花が咲いた
わたし、神様に感謝した

わたし、かみさまに
感謝した
泣きたくなって
感謝した

 ありがとう



私に何もきかなったマー
私も何も聞かない

わたしが
女の子になった時
マーは、ひとりだけ
手放しで喜んでくれた

これから、たくさん
ようやく始まるねって
笑った
私は、ずっと親友だからね! って
言ってくれた
それは、高校生なのに
すでに、世間の中からはぐれてしまっていた
マーの、ほんのすこし打算まじりの
ひとりになりたくないあまりの、
浅はかな約束だったのかもしれない
でも、あっけらかんとした
愛らしい優しさだった

あれから5年経って
マーは三流企業のOLに
私は、アルバイトをしながら
食いぶちを稼ぐ日々におわれている

私たちは、たがいに
人生なんて
その人だけのものなんだと
わかってきてしまった



お母さん、布団ほしながら
あの人、ばかだから
ばかは、いつ帰るか
わからないから って笑ってた



しあわせが、なんなのか
私は知らない
今も、昔も
違いを持った人が
たくさんいただけだと思う

でも
もしかしたら、と
思っている

もしかしたら

幸せだった時代や
人類なんて、ないんだと思う

ただ、ただ
漫然とした歴史の中で
幸せな人っていうのは
居たんだと思う

ひとり、ひとり
ふと、幸せってものに
巡り合う人は

居たんだと思う



なにになったら しあわせだとおもう



マー
あなたの中の
私への思いを
わたしは、神様に感謝した
うれしかった

 花が咲いて
 そばに、誰もいなかった
 いままでの私を
 ふと許してもらった気がしたんだ


かみさまが、いるなら
いらっしゃるなら
あなたにも私にも
心の中の
思いとしてあるんだと
その時、わかった
2011-05-30 19:18:41