花の星
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2011
> メイ
メイ
メイは
メイとつけたのが
誰だか知らないのですが
それでも、気がついたら
まわりのひとから
メイ、メイ、と呼ばれているので
自分はメイなのだろうと
思っている
小さな少年でした
メイがくっきりおぼえている
うんと古い記憶は
だれかやわらかなひとに
だきしめられ
その人が
ぴりぴりするような涙を
たくさんたくさん
ながしていて
それを見ながら
その人の肩越しに
野の花が
ゆっくりすぎさる光景で
さくさく
さくさくと
野の花のおと
すきとおったなみだは
ひたすら流れ
メイのほほに
たくさんかかって
メイは
なかないで、と
いおうとして
なにもいえないから
その人にしがみついて
このひとのなみだを
どうしたら
ぬぐえるのだろうと
そんなようなことを
思ったのでした
気がついたら
その人は
すでに、メイのそばの
どこにもいなくて
メイはただ、このまくろい
ちっぽけな路地裏で
お酒をつくるお店にすみこんで
ひぜにを稼ぐために
おちゃわんを
あらったりしていました
店の主の
ちぎすさんは
あんまり愛想のない人で
メイのことを
好きだのか、嫌いだのかは
よくわかりませんでしたが
それでも良い人で
人が言うには
りちぎな人らしいです
それで、メイは
りちぎ、というのは
すごいことだなぁ、と思って
ちぎすさんをたくさん信頼しているのでした
この店には
ちぎすさんと
ちょいさんと
何人かのアルバイトさんが居て
メイはその中で一番下でしたので
毎日、朝から晩まで
たくさんのちゃわんばかり洗っていて、
ちょいさんはちぎすさんの見習いで
いつもメイに
ひとなんか、しんらいするなよ
と いうのでした
店の中には
たくさんの窓があるので
どこからでも空が見えます
ちゃわんを
たらいにいれて
洗っているとき
上を見れば
ひろい天窓に
深い青みがかった空があって
まるで、海の底の魚のように
ゆらゆらちかちかと
たくさんの星が見えるのでした
ちぎすさんの部屋の中には
小さな黒い一匹の猫が居て
それはブラックドラゴンというらしく
みんなに
ブラドラと
よばれていました
黒い毛並みはあれていて
良いとはいえない猫でしたが
気位の高い立派な猫で
ふ、と 気がつけば
いつも、緑色の目をひからせて
ちぎすさんの姿を
じっと、見つめておりました
彼は、ちぎすさんがいじめられていないか、
その小さな体で
見張っているようでした
それは、やっぱり
ひりひりするような夜のことで
たくさんの冷たい雨が降っていて
メイは気がめいるので
まどをしめて布団をかぶって
ああ、気がめいる、と
思っていたら
こんこん、と
控えめにドアをノックする音がして
はい、と返事をしてでたら、ちぎすさんがいて
あれ、と思ったら
ブラドラが死んだので
うめにいきたい、というのでした
うしろをみたら
スコップを片手にもったちょいさんもいて
ちぎすさんは
金色の刺繍の入った上等な白いタオルに
ブラドラを丁寧に包んで
胸の中に抱きしめていました
今思えば
どうしてメイが誘われたのか
わからなかったのですが
うん、と
うなづいて
すぐにコートをつかんではおり
ふたりのもとへいき
雨は、どうですかときいたら
気になるほどではないから
でも風邪をひいたらいけないから
レインコートのぼうしはつけておいてください、
そう、言われました
ちぎすさんも、ちょいさんも メイも
どこにこういった立派な猫をうめればいいのか
わからなかったのですが
三人で話し合い
店の裏にある林にうめることにきめました
ちょいさんが
たくさん穴を掘っている間
ちぎすさんは
やっぱり、かすかに微笑みながら
さみしいな、というので
メイは、あの昔々に
どうしたら どうすれば
そうおもいながら
なにもできなかった あの人の姿を
おもいだして
胸がぎゅっとなって
ちぎすさんの足を
すこしつかみました
そしたらちぎすさんは
メイに笑って
ありがとう、と
いうのでした
だれもしんじるなよ
ほら こいつだってさ
うらぎるんだ
わかれってものは
だれとでもくるんだ
ちょいさんがいうので
ちぎすさんが笑いました
裏切られたわけじゃないよ
みあげたら
まひろい空に
ただ、細かい
たくさんの星星が
ちかり ちかり
ぴかり ぴかりと
またたいて
メイは怖くなって
ちぎすさんの足に
もうすこし強くしがみついたら
なぁ
おまえも
しゃべられなくなって
ひさしいが
それは それで
かまわないから
はなしたくなるまで
いいんだよ
と、ぎこちなく
ちょいさんがいうので
笑って見せたら
あはは、と
ちょいさんは笑いました
あ、このひとは いま
どうしていいか わからないんだ
そう、メイは 思いました
きゅうに
メイの胸の中に
あたたかな思いがわいて
ありがとう、と
いえたのでした
すこし、ちぎすさんもちょいさんも
驚いていましたが
それでも
ふたりとも
さわぎはしませんでした
それで
ようやくお墓ができあがって
ちぎすさんが
ブラドラをしずかに横たわらせたあと
彼のいままでの生き方をたたえる、と
白いタオルの上に
宝石をひとついれました
くらいくらい穴の中
ちぎすさんのあげた宝石が
ぴらぴらと
ひかっていて
ほんとうに綺麗だ、と
思いました
ブラドラは
たしかに
それにあうような
良い猫でした
いまは
ただ かさなり
また わかれるのでしょう
ちょいさんが
たばこをいっぽんつけて
ちぎすさんに
わたしました
メイは
空を見上げていました
Series :
中編
Tag:
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2011-12-14
20:00:23
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メイとつけたのが
誰だか知らないのですが
それでも、気がついたら
まわりのひとから
メイ、メイ、と呼ばれているので
自分はメイなのだろうと
思っている
小さな少年でした
メイがくっきりおぼえている
うんと古い記憶は
だれかやわらかなひとに
だきしめられ
その人が
ぴりぴりするような涙を
たくさんたくさん
ながしていて
それを見ながら
その人の肩越しに
野の花が
ゆっくりすぎさる光景で
さくさく
さくさくと
野の花のおと
すきとおったなみだは
ひたすら流れ
メイのほほに
たくさんかかって
メイは
なかないで、と
いおうとして
なにもいえないから
その人にしがみついて
このひとのなみだを
どうしたら
ぬぐえるのだろうと
そんなようなことを
思ったのでした
気がついたら
その人は
すでに、メイのそばの
どこにもいなくて
メイはただ、このまくろい
ちっぽけな路地裏で
お酒をつくるお店にすみこんで
ひぜにを稼ぐために
おちゃわんを
あらったりしていました
店の主の
ちぎすさんは
あんまり愛想のない人で
メイのことを
好きだのか、嫌いだのかは
よくわかりませんでしたが
それでも良い人で
人が言うには
りちぎな人らしいです
それで、メイは
りちぎ、というのは
すごいことだなぁ、と思って
ちぎすさんをたくさん信頼しているのでした
この店には
ちぎすさんと
ちょいさんと
何人かのアルバイトさんが居て
メイはその中で一番下でしたので
毎日、朝から晩まで
たくさんのちゃわんばかり洗っていて、
ちょいさんはちぎすさんの見習いで
いつもメイに
ひとなんか、しんらいするなよ
と いうのでした
店の中には
たくさんの窓があるので
どこからでも空が見えます
ちゃわんを
たらいにいれて
洗っているとき
上を見れば
ひろい天窓に
深い青みがかった空があって
まるで、海の底の魚のように
ゆらゆらちかちかと
たくさんの星が見えるのでした
ちぎすさんの部屋の中には
小さな黒い一匹の猫が居て
それはブラックドラゴンというらしく
みんなに
ブラドラと
よばれていました
黒い毛並みはあれていて
良いとはいえない猫でしたが
気位の高い立派な猫で
ふ、と 気がつけば
いつも、緑色の目をひからせて
ちぎすさんの姿を
じっと、見つめておりました
彼は、ちぎすさんがいじめられていないか、
その小さな体で
見張っているようでした
それは、やっぱり
ひりひりするような夜のことで
たくさんの冷たい雨が降っていて
メイは気がめいるので
まどをしめて布団をかぶって
ああ、気がめいる、と
思っていたら
こんこん、と
控えめにドアをノックする音がして
はい、と返事をしてでたら、ちぎすさんがいて
あれ、と思ったら
ブラドラが死んだので
うめにいきたい、というのでした
うしろをみたら
スコップを片手にもったちょいさんもいて
ちぎすさんは
金色の刺繍の入った上等な白いタオルに
ブラドラを丁寧に包んで
胸の中に抱きしめていました
今思えば
どうしてメイが誘われたのか
わからなかったのですが
うん、と
うなづいて
すぐにコートをつかんではおり
ふたりのもとへいき
雨は、どうですかときいたら
気になるほどではないから
でも風邪をひいたらいけないから
レインコートのぼうしはつけておいてください、
そう、言われました
ちぎすさんも、ちょいさんも メイも
どこにこういった立派な猫をうめればいいのか
わからなかったのですが
三人で話し合い
店の裏にある林にうめることにきめました
ちょいさんが
たくさん穴を掘っている間
ちぎすさんは
やっぱり、かすかに微笑みながら
さみしいな、というので
メイは、あの昔々に
どうしたら どうすれば
そうおもいながら
なにもできなかった あの人の姿を
おもいだして
胸がぎゅっとなって
ちぎすさんの足を
すこしつかみました
そしたらちぎすさんは
メイに笑って
ありがとう、と
いうのでした
だれもしんじるなよ
ほら こいつだってさ
うらぎるんだ
わかれってものは
だれとでもくるんだ
ちょいさんがいうので
ちぎすさんが笑いました
裏切られたわけじゃないよ
みあげたら
まひろい空に
ただ、細かい
たくさんの星星が
ちかり ちかり
ぴかり ぴかりと
またたいて
メイは怖くなって
ちぎすさんの足に
もうすこし強くしがみついたら
なぁ
おまえも
しゃべられなくなって
ひさしいが
それは それで
かまわないから
はなしたくなるまで
いいんだよ
と、ぎこちなく
ちょいさんがいうので
笑って見せたら
あはは、と
ちょいさんは笑いました
あ、このひとは いま
どうしていいか わからないんだ
そう、メイは 思いました
きゅうに
メイの胸の中に
あたたかな思いがわいて
ありがとう、と
いえたのでした
すこし、ちぎすさんもちょいさんも
驚いていましたが
それでも
ふたりとも
さわぎはしませんでした
それで
ようやくお墓ができあがって
ちぎすさんが
ブラドラをしずかに横たわらせたあと
彼のいままでの生き方をたたえる、と
白いタオルの上に
宝石をひとついれました
くらいくらい穴の中
ちぎすさんのあげた宝石が
ぴらぴらと
ひかっていて
ほんとうに綺麗だ、と
思いました
ブラドラは
たしかに
それにあうような
良い猫でした
いまは
ただ かさなり
また わかれるのでしょう
ちょいさんが
たばこをいっぽんつけて
ちぎすさんに
わたしました
メイは
空を見上げていました