花の星
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2012
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氷
ちかちかときらめく満天の星空の下
みずうみが薄い氷をつけて
空の光に照らされている
その中央にやけにひっそりとした真白い月がのぼっていて
空の黒をよりいっそう深めている
みずうみの右はしっこ
氷と地面のさかいめに
ちいさな黄色い羽毛がたくさんはえた
ちいさな生き物がいて
ちいさなくちばしで
かたくなった地面をつついている
そこから少しもしない
まだ凍っていないぐずぐずの水の中に
銀色のうろこをつけた小さな魚がいて
小鳥を見ながらくすくす笑っている
笑うたびに、銀色のうろこがちかちか光る
君は笑いやすいね
つん、つつんと
もういちど鳥が地面をつつく
魚が言う
きにさわったの?
べっくらしたんだよ
べっくら?
また、魚が笑う
魚がたずねる
あなたのなまえはなんていうの?
鳥は魚をすこし見て
きみはなまえなんてものがあるのかい
聞いてみる
鳥には名前がない
ちいさな黄色の羽毛がぷるぷるする
名前がないことは、
あんまり好きじゃなかった
そうしたら魚が言う
わたし、なまえないの
つけてもらったらうれしい
鳥はすこし驚いて
それから名前がないことを恥じて
とりつくろったことをすこし後悔する
うんとねじゃあね
もったいぶって
聞かれた時から
うかんでいた名前を言う
さくらにしよう
さくら?
あのね、君のうろこのように綺麗な花なんだよ
あれ、ちがったかしら
つたえながら、そう思う
そうしたら魚は笑う
たまに花びらが流れてくるの
ちいさな白い奴よ
ああいうのかしら
そういうのだよ
ちいさな鳥は胸をはる
桜の姿が思い出されてくる
あたたかで穏やかな光の中
ちいさな白い花をたくさんつけた
あれが、さくら
枝にのって、みあげたら
上も下も白くて
おひさまがすけてみえた
ひとたちがしたのほうで
さくら、きれいね
そういっていた
風に舞うと花がぱぁっと散って
これはきれいというんだ、
そう思った
すてきなんだよ
その時聴いたもうひとつの言葉を
鳥はつたえる
すてきの意味は知らない
でも、ひびきから
良い言葉だとわかっている
すてきなのね
魚はうれしそうに繰り返す
わたし桜なんて名前なのね
桜なのさ
これからそう名乗れるのね
ほこってもいいんじゃないかな
そのあとで、魚がすこし黙りこくり
鳥はすこし怖くなる
ほこっていいなんて
いわないほうがよかったかしら
もしかしたら
ほこるなんて
恥ずかしいことかもしれない
そうしたら魚が言う
あなたは、星って名前にすれば良いと思うわ
星?
あの空のぴかぴかひかるのよ
魚と鳥はそろって空を見上げる
ちかちか、たくさんの細かい光が瞬いている
星も、素敵で綺麗なものなのよ
私たちのそばで
ひとたちがいっていたわ
綺麗ねって
鳥はうれしそうに羽毛をふくらませ
ぷるぷるふるえてから
羽毛に顔を隠すように
ちいさなこえで
ありがとう、という
ありがとう
魚はうれしそうに
いいのよ
そいう
ありがとう
桜と星はしばらく
ふたりで、星空を見あげていた
風がさわさわと草音をならして
通り過ぎていく
ねえ、桜さん
春になったら
ぼくらはふたりで
桜を見に行くのが良いんじゃないかしら
星があっちをみながら言う
桜はほほえんで
こたえる
良い考えだと思う
……ぼくはね、たくさん歩いたら
いろいろ忘れてしまうけれど
忘れないようにするよ
わたしも
忘れないようにするよ
星空に小さな紫色の蝶が、
ねぼけてでもいるのか
ふらふらと飛んでいった
Series :
中編
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2012-02-10
18:53:56
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みずうみが薄い氷をつけて
空の光に照らされている
その中央にやけにひっそりとした真白い月がのぼっていて
空の黒をよりいっそう深めている
みずうみの右はしっこ
氷と地面のさかいめに
ちいさな黄色い羽毛がたくさんはえた
ちいさな生き物がいて
ちいさなくちばしで
かたくなった地面をつついている
そこから少しもしない
まだ凍っていないぐずぐずの水の中に
銀色のうろこをつけた小さな魚がいて
小鳥を見ながらくすくす笑っている
笑うたびに、銀色のうろこがちかちか光る
君は笑いやすいね
つん、つつんと
もういちど鳥が地面をつつく
魚が言う
きにさわったの?
べっくらしたんだよ
べっくら?
また、魚が笑う
魚がたずねる
あなたのなまえはなんていうの?
鳥は魚をすこし見て
きみはなまえなんてものがあるのかい
聞いてみる
鳥には名前がない
ちいさな黄色の羽毛がぷるぷるする
名前がないことは、
あんまり好きじゃなかった
そうしたら魚が言う
わたし、なまえないの
つけてもらったらうれしい
鳥はすこし驚いて
それから名前がないことを恥じて
とりつくろったことをすこし後悔する
うんとねじゃあね
もったいぶって
聞かれた時から
うかんでいた名前を言う
さくらにしよう
さくら?
あのね、君のうろこのように綺麗な花なんだよ
あれ、ちがったかしら
つたえながら、そう思う
そうしたら魚は笑う
たまに花びらが流れてくるの
ちいさな白い奴よ
ああいうのかしら
そういうのだよ
ちいさな鳥は胸をはる
桜の姿が思い出されてくる
あたたかで穏やかな光の中
ちいさな白い花をたくさんつけた
あれが、さくら
枝にのって、みあげたら
上も下も白くて
おひさまがすけてみえた
ひとたちがしたのほうで
さくら、きれいね
そういっていた
風に舞うと花がぱぁっと散って
これはきれいというんだ、
そう思った
すてきなんだよ
その時聴いたもうひとつの言葉を
鳥はつたえる
すてきの意味は知らない
でも、ひびきから
良い言葉だとわかっている
すてきなのね
魚はうれしそうに繰り返す
わたし桜なんて名前なのね
桜なのさ
これからそう名乗れるのね
ほこってもいいんじゃないかな
そのあとで、魚がすこし黙りこくり
鳥はすこし怖くなる
ほこっていいなんて
いわないほうがよかったかしら
もしかしたら
ほこるなんて
恥ずかしいことかもしれない
そうしたら魚が言う
あなたは、星って名前にすれば良いと思うわ
星?
あの空のぴかぴかひかるのよ
魚と鳥はそろって空を見上げる
ちかちか、たくさんの細かい光が瞬いている
星も、素敵で綺麗なものなのよ
私たちのそばで
ひとたちがいっていたわ
綺麗ねって
鳥はうれしそうに羽毛をふくらませ
ぷるぷるふるえてから
羽毛に顔を隠すように
ちいさなこえで
ありがとう、という
ありがとう
魚はうれしそうに
いいのよ
そいう
ありがとう
桜と星はしばらく
ふたりで、星空を見あげていた
風がさわさわと草音をならして
通り過ぎていく
ねえ、桜さん
春になったら
ぼくらはふたりで
桜を見に行くのが良いんじゃないかしら
星があっちをみながら言う
桜はほほえんで
こたえる
良い考えだと思う
……ぼくはね、たくさん歩いたら
いろいろ忘れてしまうけれど
忘れないようにするよ
わたしも
忘れないようにするよ
星空に小さな紫色の蝶が、
ねぼけてでもいるのか
ふらふらと飛んでいった