花の星
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2012
> お帰りなさい
お帰りなさい
おかえりなさい
ただいま
:
家にかえると
奥さんで新妻でカエルのオタが
玄関前で泣いていた
しくしくして、気づかない
扉をコンコンふたつたたいて
どうしたの、と聞いたら
泣きはらした赤い目で俺を見て、
あのね、あなたが
いつも
家に帰るとき
なんだか、あちし
ちかごろ笑っていない気がして
かがみでえがお
練習してみたら
なんだか
泣けてきた
あちしのほっぺ
でかすぎるのよ
どんなにわらっても
こわいのよ
思わず笑ってしまう
なに気にしているんだよ
いみわからないよ
おまえさんが
いればいいんだよ
そういっておいた
背広脱ぎながら
部屋に入ると、お酒があって
ケーキがあった
はてな、と思いつつ
今日ね
課長に怒られたよ
たくさん
怒られたよ
とても嫌な気持ちになった
おまえが家にいることを
おもいだして
がんばったんだよ
すごいわぁ、かちょうは
かお、こわい?
かおはこわくないよ
ネクタイはずすと
オタはきょうのおつまみは
いものてんぷらでよいね、と
台所で叫んでる
ああ、かまわないよ
赤い布団に座ると、ざりっと音がする
さっきまでオタが練習していたんだろう
ちっぽけな手鏡が机の上にあって
それをとってみると
俺は疲れた顔をして、目の下にくまがある
そのまますこし
わらってみた
ほほが、かたかった
オタがぴょんぴょんととんできて
はい、これ
お誕生日プレゼント
そういう
それは真っ赤なネクタイだった
はっぴーばーすでー
オタが高い声で歌う
え? きょうじゃないよ、
それと
うわ、こんなの
つけれないよ?
二つの思いに混乱して
けれど
ありがとうと、うけとった
ああ、うまく
わらっているかな
あんまり気に入らなかった?
俺の顔を見ながら
オタが首をかしげる
いや、どこにつけようと
おもっただけだよ
会社はダメかしら
だめさ、赤だもの
じゃあ、おやすみのひ
私とつけてくれると良いよ
どうしてさ
赤い糸にちなむのよ
ちなむのか
あはは、と笑うと
あはは、と、オタも笑った
夕飯は、さんまの塩焼きと、きゃべつで
オタはすこし乾燥した手のひらで
いっしょうけんめいに
つくってくれた
ひとはくくれないのね
オタが言う
くくれないって?
あのね、となりのひと
いやなひとと
おもっていたの
私が緑色だからって
なめくじのおくさん
肌色を、見せびらかすのよ
でもね
でもね
ふいに
オタが頭をすこし下にして
ぽつっという
肌色の奥さん
あんたぴかぴかでいいなって
きょう、いわれたの
そうして、奥さん
すこし、ぽつぽつ
泣いてから
あたし、あんたこと
いじめてて
ごめんね
あたし、もう
ここにはおれんけれど
ともだちに なりたかったんだよ
やりかたが、なにひとつ
わからなくて、
どうしていいか
わからんかった
ごめん
奥さん、
なめくじなのに
ぬめりが取れちゃう病気で
よく笑われてね
笑われて
笑われて
だから、ひとのこと
好きになっても
どうしていいか
わからんのですって
ぬめりがもどるといいですねっていったら
おくさん、私に
わらった、わらったのよね
きっと、わらった
そうして
なにも、こたえなかった
あちし
どうしていいか
わからなかった
奥さん嫌な人って
おもっていたのに
夜はしいんとしている
12階からみえる窓の外
町明かりはにじみながら揺れている
ついたり、きえたり
ついたり、きえたり
だまってのんでいるから
お酒はどんどん減っていく
オタ、なぁ
課長が嫌いだなんて
おれは一度だって思ったことないよ
ああ、いちどだってないんだよ
でも、オタ
課長は仕事が出来ない俺のともだち
いじめんだよ
でも、オタ
仕事と人格は
べつってな、
みんなわらうんだよ
いいひとだって
しごとができるとは
かぎらんし
そういって
かげで
わらうんだよ
きっと ひとのこころは
くくれないんだよ
オタがすこし
笑って言う
かたちね
くくれない
ぶよぶよで
ふまれたら
いたいところはとげってて
かたいところも
やわらかいところも
あって
よっぱらってくると
なんだか
天井が回ってくる
オタは友達が、まだできない
それを俺に言わない
いわないけれど
おれは知っている
俺に心配かけない、って
オタは思っている
俺は、わかっている
ああ、ぐるぐる
てんじょうが
まわるね
人のやさしさに触れるたび
自分の気持ちのかたさに
なきそうになる
いたいところはとげってて
かたいところはかたいのさ
やわらかいといいのに
こころがゆれないで
かたまりつづけると
自分を責めてきた人は、自分を
人を責めてきた人は、人を
おいつめるって
ほんとうですか
オタが、手を握る
ふたりですこし、横になる
夜はしいんとしている
オタと、ふたりきり
小さな舟に
乗ってしまった気持ちになる
家にいてくれて
よかった
かえると
君がいるんだ
おかえりなさい
ただいま
Series :
中編
Tag:
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2012-02-16
21:53:06
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家にかえると
奥さんで新妻でカエルのオタが
玄関前で泣いていた
しくしくして、気づかない
扉をコンコンふたつたたいて
どうしたの、と聞いたら
泣きはらした赤い目で俺を見て、
あのね、あなたが
いつも
家に帰るとき
なんだか、あちし
ちかごろ笑っていない気がして
かがみでえがお
練習してみたら
なんだか
泣けてきた
あちしのほっぺ
でかすぎるのよ
どんなにわらっても
こわいのよ
思わず笑ってしまう
なに気にしているんだよ
いみわからないよ
おまえさんが
いればいいんだよ
そういっておいた
背広脱ぎながら
部屋に入ると、お酒があって
ケーキがあった
はてな、と思いつつ
今日ね
課長に怒られたよ
たくさん
怒られたよ
とても嫌な気持ちになった
おまえが家にいることを
おもいだして
がんばったんだよ
すごいわぁ、かちょうは
かお、こわい?
かおはこわくないよ
ネクタイはずすと
オタはきょうのおつまみは
いものてんぷらでよいね、と
台所で叫んでる
ああ、かまわないよ
赤い布団に座ると、ざりっと音がする
さっきまでオタが練習していたんだろう
ちっぽけな手鏡が机の上にあって
それをとってみると
俺は疲れた顔をして、目の下にくまがある
そのまますこし
わらってみた
ほほが、かたかった
オタがぴょんぴょんととんできて
はい、これ
お誕生日プレゼント
そういう
それは真っ赤なネクタイだった
はっぴーばーすでー
オタが高い声で歌う
え? きょうじゃないよ、
それと
うわ、こんなの
つけれないよ?
二つの思いに混乱して
けれど
ありがとうと、うけとった
ああ、うまく
わらっているかな
あんまり気に入らなかった?
俺の顔を見ながら
オタが首をかしげる
いや、どこにつけようと
おもっただけだよ
会社はダメかしら
だめさ、赤だもの
じゃあ、おやすみのひ
私とつけてくれると良いよ
どうしてさ
赤い糸にちなむのよ
ちなむのか
あはは、と笑うと
あはは、と、オタも笑った
夕飯は、さんまの塩焼きと、きゃべつで
オタはすこし乾燥した手のひらで
いっしょうけんめいに
つくってくれた
ひとはくくれないのね
オタが言う
くくれないって?
あのね、となりのひと
いやなひとと
おもっていたの
私が緑色だからって
なめくじのおくさん
肌色を、見せびらかすのよ
でもね
でもね
ふいに
オタが頭をすこし下にして
ぽつっという
肌色の奥さん
あんたぴかぴかでいいなって
きょう、いわれたの
そうして、奥さん
すこし、ぽつぽつ
泣いてから
あたし、あんたこと
いじめてて
ごめんね
あたし、もう
ここにはおれんけれど
ともだちに なりたかったんだよ
やりかたが、なにひとつ
わからなくて、
どうしていいか
わからんかった
ごめん
奥さん、
なめくじなのに
ぬめりが取れちゃう病気で
よく笑われてね
笑われて
笑われて
だから、ひとのこと
好きになっても
どうしていいか
わからんのですって
ぬめりがもどるといいですねっていったら
おくさん、私に
わらった、わらったのよね
きっと、わらった
そうして
なにも、こたえなかった
あちし
どうしていいか
わからなかった
奥さん嫌な人って
おもっていたのに
夜はしいんとしている
12階からみえる窓の外
町明かりはにじみながら揺れている
ついたり、きえたり
ついたり、きえたり
だまってのんでいるから
お酒はどんどん減っていく
オタ、なぁ
課長が嫌いだなんて
おれは一度だって思ったことないよ
ああ、いちどだってないんだよ
でも、オタ
課長は仕事が出来ない俺のともだち
いじめんだよ
でも、オタ
仕事と人格は
べつってな、
みんなわらうんだよ
いいひとだって
しごとができるとは
かぎらんし
そういって
かげで
わらうんだよ
きっと ひとのこころは
くくれないんだよ
オタがすこし
笑って言う
かたちね
くくれない
ぶよぶよで
ふまれたら
いたいところはとげってて
かたいところも
やわらかいところも
あって
よっぱらってくると
なんだか
天井が回ってくる
オタは友達が、まだできない
それを俺に言わない
いわないけれど
おれは知っている
俺に心配かけない、って
オタは思っている
俺は、わかっている
ああ、ぐるぐる
てんじょうが
まわるね
人のやさしさに触れるたび
自分の気持ちのかたさに
なきそうになる
いたいところはとげってて
かたいところはかたいのさ
やわらかいといいのに
こころがゆれないで
かたまりつづけると
自分を責めてきた人は、自分を
人を責めてきた人は、人を
おいつめるって
ほんとうですか
オタが、手を握る
ふたりですこし、横になる
夜はしいんとしている
オタと、ふたりきり
小さな舟に
乗ってしまった気持ちになる
家にいてくれて
よかった
かえると
君がいるんだ
おかえりなさい
ただいま