ももいろの小さな花が咲き誇り
それが、すこしすんとするかぜにのって
青の空をまっている
おばあちゃんがびりびりした手で
私のほほをなでてから
すこしつねって
私はおばあちゃんのはっかくさい手が
はずかしくて
あんまり、好きじゃなかった

何日も何日も
泣いてばかりいたから
目の下にはきえないクマができてしまって
それをみておばあちゃんは、
かわいそうだ、かわいそうだという

だけど私は私をかわいそうだとは思っていないし
どんなにいじめられても
そいつの目の前では、泣かなかったんだよ、と
自慢げに話したりする
私の中で、私はとっても強い子だった

オレンジ色の毛布がかかった炬燵の部屋で
おばあちゃんは丁寧にみかんをむいて
私にくれたり
たまに、お茶を飲んだり
おせんべいをくれたりする

家の近くに、桃の木があって
それがすこし森のようになっていて
池も小さな細長い川もある
私が手にある折り紙で
鶴や亀をなんこもつくって
ああ、ひまだなぁ、といったら
おばあちゃんが急に
よし、あの川原に散歩でも行こうといった



青色で、お気に入りのふかふかジャンパーは
あたたかなのに
おばあちゃんは何度も
さむくないか、と聞いてくる
さむくないといっているのに
ついにおばあちゃんの
はっかくさいマフラーを首にまかれてしまう
ふしだらけ、しわだらけのおばあちゃんの指先は
少しひんやりしている

それからおばあちゃんは
私のほほをすこしつねって
いこういこうと変な節で歌いながら歩き出す
わたしも、いこういこうと歌う
恥ずかしいから小声で

川原には
テキトウに生えた青緑色の、みずみずしい草が
いっぱいあって
その間にたまに虫がいて
歩くたびになにかが跳ねたり動いたりした

石があちこちにあるので
適当な2つをえらんで
おばあちゃんと座り
それからおばあちゃんは、家でつくったおにぎりを
私に二つよこす

中身は何かというと
てきとうという
かじってみたら、昨日の残りのからあげが
かたよって出てきた

それを食べているうちに
つい、ぽろぽろと
泣きそうになる
それでもまたぐっとこらえて
おばあちゃんに自慢する
あのね、きょうはね
でんでんむし虫をみつけて
あれはナメクジとは違うから
塩をかけてもとけないらしい
ほんとうかな
たべものによって
色の違うウンチをするの
わたし、知っているのよ

おばあちゃんは黙って聞いている
しだいに陽が落ちてくる
川のほとり、赤く染まり
陽の色はその日のよって、桃色に、紫に、
あかねいろに、橙色に
金色になる
今日は桃色と茜色のあいだのような色

ゆっくり、しずかに、青黒くそまっていく
きれいな星やきんぴかの月が
もう、空の片方にあって
きんきらきん、きんきらきんと
ひかっているのも見える

じゅうくじゅうはちはたちとおお
あたしのじんせえええ
つらかったあああ

急におばあちゃんが叫びだして
私はすごくびっくりして
やめてよ、といった
恥ずかしくて、顔を下にして
やめてよ、と
もう一度言うと
おばあちゃんは
けっけっけ、とわらって
あたしがね
一番苦労したのは
あたしのプライドだったさね
それからね
いちばん、重宝したのは
タフさだったさ
あんた、わらいなよ

プライド、という言葉の意味がわからなくて
顔を見上げると
やけに静かな目で、私を見つめていた

あんたぁ、あんたが
ばかにしたら
いくらあんただって
許さんからね
私の あんたを
ばかにするやつは
いくらあんただって
許さん……

冷えた風の吹く河原は
あおいあおい草花が
みずみずしい香りをして
夜になって沈んでいく空気に
さわさわと騒いでいる
どこかで
ギンモクセイの香りがする

なんだっていいよ
あんたが決めりゃいい
ただ、あんたがあんたを
ばかにしたり
見捨てたりしたら
あたし、許さんからね

それからおばあちゃんは
夕日に目を戻して
しずかに、しずかに
黙りこくっていた
私はよくわからなくて
同じように夕陽を見て
だまりこんだ
何か胸がじりじりして
焼けるようで、痛いようで
しぶしぶしたけれど
なんにもいえなくて
ちいさなこえで
ただ、
ありがとうと、つぶやいた

金色の夕日は
だいだいいろにあたりを染めながら
青のなかに沈んでいった



自分ってもんにないて
境遇ってもんに嘆いて
周りの人間に悩みはて
きがついたら
いつも、自分を考えること
わすれてしまう

ひとってもんは
情けないから
みえなくなると
されたことと
してほしいことばかり
追い求めてしまう

ないたっていい
わらったって
おこったって
いい、なやんで
だしたなら
それでいい

だけど
しくしくしてたらいけない
だけど、なげいていたらいけない
しくしくが好きな子鬼がきて
もっともっと
しくしくさせようとしてくる

ないたら
そのあと
かならず
わらいにいきなさい

しくしく好きな子鬼は
何より
あんたの喜ぶ笑顔が
くやしいんだ



あの日
おばあちゃんに言われた言葉は
あの幼い私ではわかりにくくて
おばあちゃんが私を
大切にしてくれていて
それを伝えようとしている、だけが
のこっていった

空を見上げると
いまもなお、真っ青で
日々、時が変わり
年を隔てても
この色だけは
変わらない

今日もまた夕日は
昨日と違う色をしながら
沈んでいくんだろう

私はもう、嘆いていないよ
そう思う
とどくかはしらない
きっと、笑ってくれている

きっと
いまだに
ばかちんめ、と
笑ってくれているんだろう

もう、嘆いていない
2012-03-29 15:59:07