ゼラチン士

柔らかな風が
薄く音を鳴らしながら
花の隙間を通り抜けていく

群で見れば
金色のかたまり

さわさわと凪いでいる
ひとつひとつの花は
ゼラチンをうすめたように
うす黄金色にすけて
わずかなあつみに
ぷよぷよしている

たんぽぽに似たその花のなか
焼酎は寝そべり
好き勝手に風が行き交うのをたのしんでいた

さきほどまで
好んで作ったあまい自家製酒をのんだせいで
頬は火照り、熱をなでられて心地がよい
夢心地でこれも自分が作ったゼラチンの花を
つついたりぷよぷよしたりして
楽しんでいたら
そのみみのそば
どこかの誰かに呼ばれている気がした
起きあがると
向こうの方に弟子がいて
それが手を振っていた
お客さんですよ
カレのやわらかな白い手
ももいろの爪が
あけはなした窓ごしの
日に照らされて
宝石のように光っている
わかったよ、とだけ答えて
いつまでもじりじりと
ひだまりにとけ込むような
とうめいな花花、その温もりに浸っていたら
カレがどうどうと羽ばたいてきて
はよう、きてください
お客さんですよ、と
頭の上でわめきたてた

かわいいからとつけた羽だけれど
どこにでも飛んできてしまうので
すこし、あやまったかな、と
今では思う

応接室にはいると
ずいぶん良い着物を着た
すずしげで
きれいな顔をした青年がいて
右手にもてあますように
布でできた眼帯を持っていた
見れば一方の目はなく
頭には山羊の角が
山吹色にひかり
誇るようにつやつやしている

わかもののはやりだろうか、
焼酎は考え
わかもののはわからない、と
結論づける
自分もそれほど
おいた方ではないけれど・・・・・・
そこまでして
焼酎は思い直す
いや、おいた方も解らない

それから焼酎は
机越しにある
彼の前のイスにすわろうと
机をおした

あいにく、カレは
座るときは
手前に椅子を引くより
机を押す方を好んでいた
そのため、
壁と机の間に
お客をはさんでしまった

くえ、と、
お客はかるがもがつぶれたような声を出し
あわてて焼酎は机を引き戻す
失礼しました
それで、ご用件は

あ、ああ

お客は目を白黒させながら
なにが起こったのか
混乱しているようだ
それでもなんとか
話を始める

めをね、なみだで
とかしてしまいまして
いいゼラチン士を
さがしていたんです
あなたは評判がいいので
頼みにきました

ああ、そうだったんですね
焼酎はにこにこと応じる

そのあと焼酎が
何かを言ってくれることを
期待していたのだろう
目の前にいるおきゃくは
カレがいつまでも笑顔で
なにも言わないのをみて
また戸惑いながら
これが、お礼の金貨です
右目をひとつ
至急にください
そう、金貨の袋をとりだし
机に置く

ああ、では
いま、すぐに作りますね

そういって焼酎は
お客が金貨の袋を見る前に
隣の作業タンスの一段目から
やわらかなゼラチンのもとと
二段目から
作業道具を取り出す

手でこねながら
やわらかくて
透明なゼラチンを
カレの目にあうように
作り始める

客が好奇心の入り交じった
戸惑いを浮かべ
まごついているので
その心を和ませようと
カレは歌い始める

カレの祖母から習った歌で
単純だが美しい春の歌

はるのひは
あおいとり
とりのうえ
そらはとぶ
やわらかな
かいのうた
こよいあい
またなみだ
このよにうまれ
いまだに
かなしみ
それでもああ
いきて
いきて

右目はカレの手のひらの中で
温もりにもまれ
やわらかな乳白色を帯び
また、その中心から
透明な青、お客の目の色より
少し青すぎる青が浮かんでくる

お客も焼酎の
奇妙な態度になれたのか
カレを勝手にさせながら
興味深くその作業を見守っている

みかんでもどうですか、と
ふさの茎まで
透明にすけて
かさなりがぶよぶよと
きれいな骨組に見える
ゼラチンみかんの皿を
助手が持ってくる
やわらかな透明な羽が
ばさばさと空を切り
みかん皿をおいたら
邪魔をしちゃいけないとでもいうように
彼はまた台所に去っていった
夕飯はなになあ、と
あたまの片隅で焼酎は思う

羽の子
名前はまだ決めあぐねている
彼もまた、ゼラチンで焼酎が作った
その背につけた電竜が
きれいな電気を
ゼラチンの肉の中に
ながすおかげで魂がある
そのため、
彼の背からは
たまに火花のように
電気のちりちりした光
線香花火のような光が
走り飛んだりする


手にある右目が徐々に色を増し
また、お客の目に良いようにできてきた頃
ゼラチンみかんを数個食べたお客が
不意に聞いてくる
涙でとけないようにできませんか・・・・・・

焼酎は少しだけだまってから
最後の仕上げ
あまったゼラチンを
切る作業をはじめる

ぱちん、ぱちん

いまは、むりでしょうね
今のゼラチンは
そこまでよくないんです

ぱちん、ぱちん

そうするとお客が
すこしだけ
安心したような
落胆したような
奇妙なため息をついた

それから
飼っていたねずみが
しんだんです
とても良い、
きれいなねずみでした
毛並みが銀色で
爪先が桃色だったんです

それだけをいった

そうしてどこかをみるような目で
焼酎から目をそらす

焼酎もなんにも答えない
あまりゼラチンを
切るのをすすめる

ぱちん、ぱちん

ぱちん
ぱちん

なみだ、
でても
大丈夫なように
できませんか

彼がまた
焼酎に尋ねる

・・・・・・違法ですよ

ゼラチン生物が
生物のまねをするのを
きにいらない人もいる
そういう好悪が
関係するのかどうか
焼酎は知らない
それでも
涙で溶けないゼラチン体をつくるのは、
それは、違法なのだ

・・・・・・つくれませんか

とさ、と
また、3袋
さきほどのあわせて4袋
金貨の袋がおかれた

なみだでとけない
あなたは
とてもよい評判のある
ゼラチン士だと
聞いております

その左の目は真剣だった

諸注意、ふつうのゼラチンと
違うことなどもふくめた
諸注意を口頭で告げて
玄関からお客を送り出すと
いましがたはめこんだ目に
まだ違和感があったのか
カレは右目をこすっていた
その背
人と何一つ変わりない
しかし、半魔半人だという
その背を見送りながら
焼酎は何ともいえない
不思議な気持ちにおそわれた

違法、最悪
永劫牢獄刑とわかりながら
なみだごときをもとめ
彼らは巨額のお金を持って
ぼくなんかを
たずねてくる

首をふって
振り返ると
不安げな助手がいて
その手にみかんがにぎられ
焼酎にさしだされていた
まるで、元気だせ、と
いうように
すこし、うれしくて
ありがとう、と受け取る

こいつが
しんじゃったら
いやだなぁ、と思う
それから助手に
ご飯にしようというと
助手はうれしそうに
安心したように笑って
今日はショウロンポウとね
と、メニューを話し出す
ちりちりとなる
可憐な鈴の音のような声に
ききいりながら
何年、ぼくは
泣いてないのだろうと
ふと、思う
2012-05-22 01:13:28