わずかに
さきほころんだ花と
くさりかけた葉と土
そのかおりをのせながら
やわらかい風がふいている
たくさんの水をふくみ
あおあおと草は茂り
その上を
小さな鼻さきでかぎまわりながら
ちいさな龍が歩んでいく

大空の上の方に
とてもおおきな翼竜たちが
けえんけえんと飛び交い
たたかったり
じゃれあったりしている
遠くにかすんでみえる
高い高い真白い山の方からよく飛んでくる
巣でもあるのだろう

ちいさな龍はまた
草と土に桃色の鼻をつっこんで
ふんふんとかいでみる

ここの場所は好きなにおいがするけれど
それでも、ぬくもりが足りない気がする、と思う
僕の寝どこにはあたいしない

龍は生まれてから
数か月ばかりだったので
ぬくもりのある寝床だとか
甘い香りのする巣場所だとか
そういうところを
とても必要としていた


それから顔を上げると
大きな大きな白い竜が
横から失礼する、というように
やわらかに生えそろった草を
むしり、むしり食べていた
彼は小さな龍をすこしみて
また顔をさげ、慎重に
はえかけの
まだ幼い草をよけながら
むしり、むしり、食べる

ちかごろのわかいものは
なんだってたべてしまう
草は、慎重にしなければならない
次の草を残しておくんだ
次の草さえ
たべてしまえば
草は死に絶えてしまう

怒りでも悲しみでもなく
たんたんと竜がいう
つぶやくように

そこで子龍はごめんよ
しらなかったんだ
おじさんの草原なの?と
顔をかしげてきいてみた

草原におじさんのものなにもないさ
ほら、ここの草なら
もうだいぶ食べ時だ
はえてきたばかりの、そうだね
お前の足元からまだ腹までない草は
食べてはいけないよ

そう竜はこたえた
古いうろのある木をたたいたような声だった

それから龍と竜は草をむしりむしり食べる
どこかで咆哮があがり
それから大きな龍や小さな龍が
悲鳴を上げながら逃げてくる
どど、どどど
どど、どどど

やれやれ、竜食いがきたか
ほら、おまえ
私の背にのって
ふりおとされないようにしがみつきなさい、と
竜がいう
草をしんちょうに食べていた子龍は
自分の身ほどある彼の顔を見上げ
胸のどきどき、
少し痛いほどの高まりと緊張をおさえながら
竜食いってなあに
どうしてこんなに、さわさわするの?
と、聞く
いいから、と竜はいい
子龍をぐいっと口でつまんで
そのまま走りだす
動くなよ、と
もごもご言い
どこまでも走る

その
うしろのほうから
きゃあ、ぎゃあ、げん、ごお ぎゃあ、と
声がする

竜食いは同じ竜なのに竜を喰うのさ
一匹も食えば
だいぶ腹も膨れるらしい
だから、逃げればそうそう怖いことはない
その晩、竜は子龍に話した
気をつけなければならないこと

その話は
すこしだけ長く説教じみていたが
子龍はあきもせず、聞き入った

竜がつれてきてくれたところは
木々のくぼみに
丁寧に作られた竜巣だった
お客さんははじめてだ、と
彼はいった

木々の合間から見える
夜の上の方は
砂ほどの星でうめつくされ
ちかちかとうたうように瞬いている

巣にいつもどおり横になった白い竜は
みょうに眠れなくて
遠くのだれかの啼き声に耳をすませる
子龍はその竜の腹辺りに
鼻つらをおしつけている

だれかがなくと
また誰かが、どこかで啼く
ひとりじゃない
ひとりじゃない
そういうように
啼き声が
くりかえし、くりかえし
ひとつ、ひとつ、あがる

空の上にボンボンぼんと
音をたてて
大きな黒い細長い竜が飛んでいく
星や月がなければ見過ごしそうな黒さ
きらめく星々がそこだけ抜けて
その竜がゆうゆうと空を泳いでいることがわかる

―― 翼もないのにあれはどうやって飛んでいるのだろう

白い竜は思う
川や海のほとりで見る
水の流れのようだ
ぼんぼんぼん、と
奇妙な鳴き声
たのしげな鳴き声をあげながら
ゆっくりゆっくり
空をゆらゆらと進んでいく

子龍は竜の腹にもぞもぞと
もぐりながら
もう、眠りの深くにいるらしい
すう、すう、と
安心しきった呼音がする
あどけない寝息をきいて
やれやれと思う

夜のかぜに、小さな花の香りがのってくる
見上げればななめ手前に
薄紅の花をたくさんつけた
白く大きな木がある

それが満開の少し手前で
香り豊かに花びらをゆらしている

それから、上の方の金や銀のこまかい星と
真金色のやさしげな月を見上げ
黒い影のような竜がいないことに気がつく

なんともいえない
あおあおとした気持ちになり
竜はすこしばかり起き上がり
けーんと、ひとこえ啼いた
2012-05-22 14:33:37