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見えないことの探求記 - 2017.3
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[ 天部 ]
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[ 如来 ]
[ 釈迦 ]
[ 不動明王 ]
[ noSeries ]
[ エネルギーの物語 ]
[ 雑感 ]
...
2017-05-15 01:00:00
...
不動明王さまの怒り
(不動明王)
不動明王さまは
神の怒りのあらわれといわれます
彼にふれていると
その怒りが
憤怒ではなく、憎悪でもなく
子供(命)を守る親の怒りと
おぼえしります……
それは青く紫色の静かな光です
焔にみえますが、光です……
……
根元にあるのは
我欲ゆえんの憤怒や
おもうままにならない苛立ちや
憎悪などではなく
他人への、敬いです
……
そういったかたは
現実を変えられる
そうした敬意を
重ねることにより
かえられる
……
神々も、聖霊も
よく、ひとのかたわらを
見守るがごとく
歩まれる
……
神は、善人さまのもとを
よく、おとずれています
気がつかないだけで……
だれでも、善明は
おとずれをうけています
……
みえないものは
みえないものですが
たぶん、このさき
だれもが、見る、心のように
おもえるのです
...
2017-05-15 01:00:00
...
怒り
(noSeries)
じぶんのなかから
わいてくる、ものの
暴力的ないかり、が
さいきん、作画にならない
だいぶ、まえからなのだけど
それでもまえは
何度でもやろうとおもえば
それ(憤怒)をつかえると
おもっていた
つかえない、ほど
でなくなったのか
そうなって
いま、幸せかというと
あんまりよくわからない
……
もうすこししたら
自分に戻れそうだ……
何年かかったか……
まだ、油断はできないが
……
ひとの言葉は
経験か、こころか
そのひと、が
のっていると
ひかってみえる
根のあることば
重ねてくれば
育つのか
自信(自分を信頼する)……の
根拠といわれるもの
かもしれない
根のやどるところ
……
...
2017-05-14 01:00:00
...
会話とお散歩
(noSeries)
…
なにが、音をきしませるか
似ているのに
すこし、ちがう
すこし、ちがうと
おなじにしたくなる
あるいは
まったく、ちがう
まったく、ちがうと
とおざかりたくなる
でも
そんなふうに
音がきしむような
ちがう
おなじではないひとなのに
信頼できるひとだなぁ、と
おもうひともいる
意見や、とらえかたではなくて
なんだか、信頼できるひとだ、と
あわせることもなく
はなしあえて、つうじて
こころのどこかが
かようような
そんなひとが
たまにいる
...
2017-05-10 11:42:26
...
《写真》つたえない
(noSeries)
大切なことは大切なひとに
つたえられればいいと思う……
ことば、というのは
わたしには
鳥のさえずりに
にたものにみえて
こころ、が
さきにあって
さえずりたいこと、が
あとにあって
それはたぶん、いわなくても
すべて、
ひとから、
ひとへの、思いなのだとおもう
ナンセンスでも
うつろでも
それでも、いいんだとおもう
……
したがわせない
ことばは
ひとのそばを
ひっかかりながら
からめながら
通りすぎていく
従わなきゃならないこと、では
ないから
でも、そんな
従わせない……には
他者への尊重が
あったりする
...
2017-05-09 01:00:00
...
界隈のエネルギー
(noSeries)
界隈には界隈のエネルギーがながれている
アメブロも、アメブロという
巨大なエネルギーが
みえなくても、ながれている
レンタルしているブログによって
書くテンションが違っちゃうのよね
なんてことになる、場合
背後にながれている
界隈のエネルギーに
影響をうけているか、
のっているか、しているんだろう
そういった《エネルギー流》は
ひとを守っていたり、鼓舞していたり……
まもり、まもられていたりもする
アメブロは
ひとを守ろうとする向きが強い……
……
私はここ最近、自分は
スピリチュアルジャンルではないなぁ、と
そこから離脱した
スピリチュアル界隈にも
もちろんエネルギーは流れていて
私が述べている
《ジャンルが違う》というのは
そのエネルギーにのれない、
あわないというようなことだ
私は、自分は
見えないものとやりとりしたり
それをブログにしたいので
てっきり、スピリチュアルジャンルかと
思い込んでいた
でも、スピリチュアル界隈に流れている
ジャンル・エネルギーは
《内観、魂の生き方、求道》の
ようなもので
私は、それは
無理しないとのれない、
文章にできない
自己と馴染まない
それで、離脱した……
いまは、
自分のジャンルは
ギャグマンガかなぁ、と
ぼちぼち歩きしている……
求道ではないのはたしかだ
……
ジャンルから離脱して
書こうと思うことが定まらないため
しばらく、
なにも書かない日が続いている
さだまり次第
かきはじめようと思っている
オカルトではないし
ファンタジーでもない
スピリチュアルでもないが
なんか、変なものがからんでくる
日々のこれごとみたいなのなんだが
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神の怒りのあらわれといわれます
彼にふれていると
その怒りが
憤怒ではなく、憎悪でもなく
子供(命)を守る親の怒りと
おぼえしります……
それは青く紫色の静かな光です
焔にみえますが、光です……
……
根元にあるのは
我欲ゆえんの憤怒や
おもうままにならない苛立ちや
憎悪などではなく
他人への、敬いです
……
そういったかたは
現実を変えられる
そうした敬意を
重ねることにより
かえられる
……
神々も、聖霊も
よく、ひとのかたわらを
見守るがごとく
歩まれる
……
神は、善人さまのもとを
よく、おとずれています
気がつかないだけで……
だれでも、善明は
おとずれをうけています
……
みえないものは
みえないものですが
たぶん、このさき
だれもが、見る、心のように
おもえるのです