:::
TOP
>
てんてこノート帳
>
見えないことの探求記
> year2017.2
見えないことの探求記 - 2017.2
Year :
[ 2018(no.4) ]
[ 2018(no.3) ]
[ 2018(no.2) ]
[ 2018(no.1) ]
[ 2017(no.9) ]
[ 2017(no.8) ]
[ 2017(no.7) ]
[ 2017(no.6) ]
[ 2017(no.5) ]
[ 2017(no.44) ]
[ 2017(no.43) ]
[ 2017(no.42) ]
[ 2017(no.41) ]
[ 2017(no.4) ]
[ 2017(no.40) ]
[ 2017(no.39) ]
[ 2017(no.38) ]
[ 2017(no.37) ]
[ 2017(no.36) ]
[ 2017(no.35) ]
[ 2017(no.34) ]
[ 2017(no.33) ]
[ 2017(no.32) ]
[ 2017(no.31) ]
[ 2017(no.30) ]
[ 2017(no.3) ]
[ 2017(no.29) ]
[ 2017(no.28) ]
[ 2017(no.27) ]
[ 2017(no.26) ]
[ 2017(no.25) ]
[ 2017(no.24) ]
[ 2017(no.23) ]
[ 2017(no.22) ]
[ 2017(no.21) ]
[ 2017(no.20) ]
[ 2017(no.2) ]
[ 2017(no.19) ]
[ 2017(no.18) ]
[ 2017(no.17) ]
[ 2017(no.16) ]
[ 2017(no.15) ]
[ 2017(no.14) ]
[ 2017(no.13) ]
[ 2017(no.12) ]
[ 2017(no.11) ]
[ 2017(no.1) ]
[ 2017(no.10) ]
[ 2016 ]
Series :
[ 私の話 ]
[ 記事シェア ]
[ 作品とともに ]
[ 審神者 ]
[ シャーマニズム ]
[ 夜の話 ]
[ 天部 ]
[ イエス様 ]
[ 如来 ]
[ 釈迦 ]
[ 不動明王 ]
[ noSeries ]
[ エネルギーの物語 ]
[ 雑感 ]
...
2017-05-09 01:00:00
...
言葉と魂
(noSeries)
言葉はたましいからだされたとき
ひとに響く
すべてそうなんだろう
……
目に見えないものは
目にみえない
当たり前だが
第三の目のようなところで
わたしは視ている
(感じて視覚化している)
ことばに変換しているけれど
そこでは
心と心のやりとりにすぎず
言葉はとくにない
なかには
話し合い(言葉と心のやり取り)で
かれらと交わすかたもいるけれど
私は会話のほうは難しい
かれらの名前も、
また存在も
なんとなく感じるものや
心の行き来で
なんとなく、わかるだけだ……
……
かれらは
すがたはないが
心という実態があり
また、《私》ではなく
どこまでも《他人》だ
……
他人は……私ではない《命》で
それをわすれると
彼らはわからなくなるだろう、と
おもう
...
2017-05-09 01:00:00
...
星に心をあずけて眠る
(雑感)
あんまり、見えないことに
傾倒し……《私がみえない》ことに
なりそうになったら
《星》のことに
思心を傾けることにしている
地球もそうだし
木星も……火星も
すこし
考えるだけで
私がなにも知らない人間であることに
ふれて、もどれる
……
こころは
支配も制御もうけない
心深くに
もたらされたら、うけとめ……
あたえたくなったら
あたえ
こころの世界にあるのは
ひたすらな
授かりと与え
そこにはなんの尖りもない
...
2017-05-06 01:00:00
...
竜がうかがえる
(エネルギーの物語)
…龍の顔って
そういえば
たまに、どんないきものにも
うかがえてみえる時がある
骨格がそういうものなのか
龍のかお
犬にも
魚にも、象にも、きりんにも
サイにも、ゴリラにも
猫にも、鳥にも
龍のかおに
にたものがいる
ひとも龍に似たひとがいる
(わりと美形にも多い)
ほんとうに
龍の息吹きのかけらでも
さずかってる命が
なかには、いらしたりして
そうしたら
龍の命は
空に憧れたりするのかしらん、と
思ったりする
海の泡ともおどったり
戯れたり
...
2017-05-05 01:00:00
...
もののみかた
(雑感)
体調にもよるのだが
みえないかたがたは
みえないのである
当たり前である
みえるなら
わたしにだけ見える方々♪であり
みえない方々ではない
みえないのにみようとすると
みえるのである
わたしの場合
まず、目の前に
なんかいる気配がするのである
そのとき
眉間のうえあたりか
腹のおへそのしたあたりで
集中すると
姿が見えたり
こころがながれこんだりする
(※言葉ではない)
集中するので
顔は真顔である
眉間のうえならよいが
たまにヘソあたりに
集中している
顔は真顔である
そうして
ことばのない世界で
心と心で
ゴリラのようなかたと
ウホウホしたりするのである
過去世っぽいものも
腹のおへそのしたあたりから
急に思い出すのである
過去世でも
ゴリラのようなかたと
おどっていたようなのである
……
なんでできるようになったかなんて
知らないのである
また
なんに使うかなんてのも
知らんがな……
...
2017-04-23 01:00:00
...
いいぶん
(雑感)
ひと……でも
わたしでも
ひとの意見には
距離をおいて
のまれるんではなくて
おなかにエネルギー(気)をいれて
胸を張って
《あなたの意見(気持ち)》を
もってほしい
どんな意見でも
ひとの意見は、ひとのものにすぎなくて
のまれて、そうだと思い込んじゃ
いけない、と
わたしはおもう
言いたいことがあるひとの
ことばは、ひとを
のみやすい……
Year :
[ 2018(no.4) ]
[ 2018(no.3) ]
[ 2018(no.2) ]
[ 2018(no.1) ]
[ 2017(no.9) ]
[ 2017(no.8) ]
[ 2017(no.7) ]
[ 2017(no.6) ]
[ 2017(no.5) ]
[ 2017(no.44) ]
[ 2017(no.43) ]
[ 2017(no.42) ]
[ 2017(no.41) ]
[ 2017(no.4) ]
[ 2017(no.40) ]
[ 2017(no.39) ]
[ 2017(no.38) ]
[ 2017(no.37) ]
[ 2017(no.36) ]
[ 2017(no.35) ]
[ 2017(no.34) ]
[ 2017(no.33) ]
[ 2017(no.32) ]
[ 2017(no.31) ]
[ 2017(no.30) ]
[ 2017(no.3) ]
[ 2017(no.29) ]
[ 2017(no.28) ]
[ 2017(no.27) ]
[ 2017(no.26) ]
[ 2017(no.25) ]
[ 2017(no.24) ]
[ 2017(no.23) ]
[ 2017(no.22) ]
[ 2017(no.21) ]
[ 2017(no.20) ]
[ 2017(no.2) ]
[ 2017(no.19) ]
[ 2017(no.18) ]
[ 2017(no.17) ]
[ 2017(no.16) ]
[ 2017(no.15) ]
[ 2017(no.14) ]
[ 2017(no.13) ]
[ 2017(no.12) ]
[ 2017(no.11) ]
[ 2017(no.1) ]
[ 2017(no.10) ]
[ 2016 ]
Series :
[ 私の話 ]
[ 記事シェア ]
[ 作品とともに ]
[ 審神者 ]
[ シャーマニズム ]
[ 夜の話 ]
[ 天部 ]
[ イエス様 ]
[ 如来 ]
[ 釈迦 ]
[ 不動明王 ]
[ noSeries ]
[ エネルギーの物語 ]
[ 雑感 ]
:::
TOP
>
てんてこノート帳
>
見えないことの探求記
> year2017.2
ひとに響く
すべてそうなんだろう
……
目に見えないものは
目にみえない
当たり前だが
第三の目のようなところで
わたしは視ている
(感じて視覚化している)
ことばに変換しているけれど
そこでは
心と心のやりとりにすぎず
言葉はとくにない
なかには
話し合い(言葉と心のやり取り)で
かれらと交わすかたもいるけれど
私は会話のほうは難しい
かれらの名前も、
また存在も
なんとなく感じるものや
心の行き来で
なんとなく、わかるだけだ……
……
かれらは
すがたはないが
心という実態があり
また、《私》ではなく
どこまでも《他人》だ
……
他人は……私ではない《命》で
それをわすれると
彼らはわからなくなるだろう、と
おもう